第48話

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第48話

 毎日こんな感じで伊織と過ごすのも悪くない、  湯船にゆっくりと浸かりながら、みちるは一息ついていた。伊織は家事ができると豪語するだけあって、なにもかも手早くこなす。 「スペシャルな同居人というか、世話焼きの弟というか」  しかし、ペット枠以外だと過剰なスキンシップの言い訳になない。伊織が自らのことを同居人と呼ばない理由に納得した。 「もしかして、伊織くんって天然っぽく見えて実はすごく戦略的で……頭が切れるのかも?」  考えれば考えるほど、伊織の手のひらの上で転がされているようにしか思えない。自分がいたたまれなくなってしまい、考えるのをやめた。  お風呂を出ると、伊織がソファでドライヤーを持って待っている。 「みちるさん、髪の毛乾かしてあげるから来て」 「髪の毛を乾かす?」 「早く早く。風邪ひいちゃうから」  遠慮しようと思ったのに、ソファで嬉しそうに待っている伊織を見ると、断れなくなってしまった。  伊織にドライヤーをあててもらっていると、着信が鳴ってみちるはひどく驚いた。ディスプレイを見れば、直登からだ。 「電話? 出たほうがいいよ」 「でも、伊織くん居るし」 「やましいことしていないなら、堂々としていたほうがいいとおもうんだけど」  乾かし終わると、ブラシでみちるの髪をとかしながら通話をすすめてくる。少々躊躇ったのだが、みちるは思い切って通話ボタンを押した。 「もしもし」 『あ、みちる? 今大丈夫?』 「うん大丈夫。どうしたの?」  直登から電話が来るのは珍しい。日本にいるならまだしも、海外からかかってくるなんて数えるほどしかない。  その時、伊織の手がうなじに触れた。  みちるは抗議の視線を背後に送りつける。ごめんごめん、と口だけで謝っている、意地悪な伊織の瞳と目が合った。 『変える日程決まったからさ、早めに伝えておこうと思って』 「さっきもメールで言っていたじゃない。そっちは朝?」  不自然にならないように会話を続けようとしていると、伊織がぎゅっと後ろから抱きしめてきた。 「なっ……!」 「みちるさん、集中して」  耳元で囁かれて、みちるはカッと熱くなる。みちるの動揺する声に驚いた直登が、『どうした、みちる!?』と驚いている。 「……大丈夫、ちょっと手を滑らせただけ……」  伊織はみちるをぎゅっと抱きしめ、耳元に唇を近づけてくる。耳朶を優しく食むと、首筋をすべるように唇でなぞる。  逃げようとしたのだが、伊織の力は強い。 「ちょっと待って直登」  マイクをミュートにすると、ずらっぽい笑みを見せている伊織にダメだよと伝える。 「なにがダメなの?」 「通話中だから。あとでにして」 「やだ。今ご褒美が欲しい」  言い返そうとしたところで、伊織の指先がマイクのミュートを外す。 『みちる、大丈夫? かけ直そうか?』  みちるは伊織をにらみながら直登との電話に向き直った。 「大丈夫、それでなんだっけ?」  聞き返したものの、伊織が引っ付いてきたせいで直登の話にまったく集中できない。  そのうち伊織の唇が首筋に吸いついてきて、思わず「ひゃ!」と声を上げた。 『みちる、今度は何!?』 「ごめん、お茶こぼした。また連絡する!」  一方的に通話を切る。抗議のため伊織に向き直ろうとしたのだが、強く抱きしめられてそれもできなかった。 「伊織くん、怒るよ!」 「ご褒美欲しかっただけ」  拗ねるように頭をこすりつけてこられると、もうどうしていいのかわからない。やっぱり伊織は危険だ。 「……あと、ちょっと嫉妬した」  怒ろうと思ったのに、そんな可愛いことを言われてしまったらきつく言うことができない。 「わかった。でも次からは電話中はご褒美なし」 「はーい」  結局、直登にかけ直すこともできず仕舞いになってしまった。
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