第49話

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第49話

 * 「みっちるー!」  街を歩いていると、道の途中で声をかけられた。見れば、大学の同級生の水野蘭だ。 「蘭、久しぶり。どうしたのこんなところで」 「打ち合わせ会議終わったところ。ねえ今時間ある、お茶しない?」  みちるはこの後デスクに戻るだけなので、時計を見てから承諾した。近くのカフェに入り、コーヒーと甘いものを頼んで一息つく。 「で、みちるは最近どう? あの彼氏と結婚した?」  みちるは首を横に振る。 「え、別れた!?」 「違う違う。まだ別れてない」  それに蘭はははーん、と眉を吊り上げた。 「まだ、っていうのはいずれ起こりえるってこと?」 「うーんと……ちょっと今複雑で」 「付き合ってけっこう長いよね?」 「長すぎちゃって逆に、っていうパターン。記念日だったのに、プロポーズの気配は一切なし」 「うわっ、萎えるー!」  蘭は目を見開いて引いていた。正直な反応に、みちるは思わず笑ってしまう。遠距離でなかなか連絡がつかないことを話すと、蘭はむすっとした。 「もうさ、別れをみちるから切り出したら? 美人なんだし、いつまでもそんなのとくっついてたらもったいないよ?」 「そう言ってくれると救われた気分。でもね、なんかもう十年っていうのが、もはや逃げられない檻みたくなっちゃってて」 「ああ、そういうパターンね。振られるのも嫌だし、振るのも面倒だし。忙しいから婚活もしたくないし、だからと言って自然消滅もしたくない。絶妙な間合に慣れちゃっているから、新しい恋にトキメクのもおっくうで」  蘭が半眼でコーヒーをすすりながら言ったすべてが、ぐさぐさ刺さってくる。 「蘭すごい、エスパーなの? 全部当たってる」 「私なんか三年でこれよ。みちるは気が長すぎ」  コーヒーをすすっていると、携帯電話に伊織からメッセージが来た。『夕飯は豚しゃぶだよ』という文字とともに、大きな白菜の写真が送られてくる。  『待ってるね、みちるさん』  添えられた一言にみちるはついうっかり顔が緩んだ。それを蘭が見逃さない。 「みちるー。なにその顔、なんでにやけちゃってるの?」 「私、にやけてた?」  蘭は大まじめな顔をしてうなずく。みちるは蘭になら話してもいいかなと思って、伊織と出会い、現在は一緒に住んでいることを話す。 「……なにそれ。棚から牡丹餅じゃなくて、棚からイケメン!?」  伊織のメッセージのアイコンを見せると、欄は目を見開いた。 「しかもそんじょそこらの男が、大根にしか見えないレベルじゃん!」  大はしゃぎする蘭の声が大きくて、みちるはしーっと人差し指を立てた。それでもなお蘭の興奮は冷めない。 「めっちゃ漫画な展開だけど、それよく彼氏許したね」 「事後報告だったの。それに、友達の弟ってことにしているから」 「うっわ、やるじゃんみちるっ!!!」 「蘭、声大きいってば!」  蘭はケタケタと笑って、みちるの手をバシバシと引っ叩いた。
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