第50話

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第50話

「んもー、隅に置けないなあ。みちるって人より一歩後ろ歩く感じだったけど……あ、悪い意味じゃなくてね」  蘭の突然の告白に、みちるは驚く。 「なんか今の笑いかた、すごく良かった。彼氏とつきあっているだけだった時は、バリキャリだけどお疲れアンニュイ感半端なかったけど、今はいい感じ」 「褒めてるのか、けなされてるのか……」 「褒めてるの!」  蘭はもう一度みちるの手を叩いた。 「なにもないなら浮気にカウントされないよ」 「そうだよね」 「でもまあ、上手くみちるの懐に入りこんじゃってペットって自分から言っちゃう辺りが、あざとかわいいすぎる」  蘭は恋愛カウンセラーみたいになりつつ、にやにや笑う。 「危険な感じするから、一線は越えちゃダメだよ。みちるの性格的に、後引きそうだし」 「直登に悪いから、顔向けできないようなことはしないよ」 「みちるなら心配ないね。でもいいペットだね、うちにも欲しいわー。家事ができる年下イケメンのペット君。最高じゃんね」  蘭はケーキの最後の一口をほおばった。 「みちるが刺激的な遊びを楽しんでくれたほうが、話を聞く私としては面白いんだけどな」 「ダメなことはしないってば……とは思ってるんだけど」  しかし、スキンシップが多いのが困ると言えば困るし、グレーゾーンだ。ご褒美をくれと言われてしまうと、家事をすべて任してしまっている手前断れない。  話を聞いた蘭は「あちゃー!」と大げさな身振りをした。 「純粋そうに見えて、かなりやり手と見たわ。みちる、迫られてもしっかり断らないとだめだからね!」 「え、うん……大丈夫。そういうことまではしないと思うから」 「男は狼なのよ。しかも、能ある鷹は爪を隠すっていうでしょ。その子、バカじゃなさそうだもん、気を付けないと泥沼にはまりそう」  気を付ける、とみちるは再度うなずいた。 「なにかあったら、すぐこの蘭ちゃんに相談しなさい」  みちるは、もうここまで話したのだからと思って口を開いた。 「あのね蘭。実は直登に来ていたメッセージ見ちゃって――」  みちるが話し終える頃には、蘭は顔を不機嫌の極みにさせていた。 「だから、直登には浮気されているんだと思う。私も、伊織くんと似たようなことしてしまっているから、人のこと言えないけど」 「……却下」  蘭は今までとは打って変わった口調で厳しく言うと、はあ、と大きくため息をついた。 「みちる、それは直登さんと別れて。もちろんちゃんと理由を伝えてからよ」 「やっぱり浮気かな?」 「それは聞いてみないとわかんないけど、直感的には黒。ホテル代ありがとうっておかしいじゃない」  蘭はさめざめとした表情で吐き捨てた。 「今はそのペットくんに癒されているからいいとしても、直登さんから目を背けたらあとで大きくなって返ってくるわよ。それに」 「それに?」 「浮気は一度許したら、またする。みちるの優しさにつけこんでね……ごめん俺が悪かったやり直そうって土下座されたら、みちるは許しちゃうでしょ?」  図星をつかれてしまい、みちるは押し黙る。 「もし浮気じゃなかったとしたら……?」 「だったとして、直登さんに対するみちるの信頼は戻りそう?」 「……」  答えられないということは、つまりそれが答えだ。蘭は肩を落とした。 「みちるの答え、出てるじゃない。真相はどうだったとしても、みちるの気持ちを伝えたほうがいいよ」 「浮気じゃないなら……」 「ないならなに? メッセージを見たのがきっかけなだけで、それ以前から溜め込んでいた不満が、信頼回復できないほど大きくなっているんでしょ?」  来ない連絡、会えない日々。プロポーズを待っているだけの、空虚な恋愛関係……。続けていく意味を見いだせないことに、気持ちが凪いでいく。 「きっぱり別れたら?」  みちるはそうね、と肩を落とした。 「いいじゃん、次の彼氏候補が近くにいるんだし……っていうか、むしろ一緒に住んでるんだし。溺愛してくれてるなら、乗り換えちゃうのもアリ」 「そんなすぐ、ひょいって気持ちが切り替わるものじゃないんだけど」 「大丈夫よ案外。私は、みちるの前向きな恋を応援したい」  胸の内のもやもやが整理されたような気がする。 「蘭、ありがとう」  彼女に叩かれた肩からは、優しい温かさが伝わってきた。
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