第2話

1/1
前へ
/107ページ
次へ

第2話

 抱え込んでいる案件が詰まっていないので、みちるは仕事を一通り終わらせると定時で退社した。  電車を待つ間、鳴らない着信とメッセージの通知音を待って、ぼうっと携帯を覗き込んでいた時。 「えー、五年も付きあったのに結婚してくれないの!?」  そんな悲鳴交じりの声が聞こえてきた。  それほど大きい声ではなかったのだが、みちるの耳にしっかりと届いたのは、みちる自身がそういった話題に敏感になっているからだった。  聞かなかったことにしようとして、ちょうど来た電車に乗り込んだ。しかし、彼女たちが乗ろうとしていた車両が満杯だったため、みちるのいる車両へ駆け足でやってきて滑り込む。  みちるはイヤホンをつけたのだが、気になってしまい音楽を再生せずにいた。自分よりもほんの少し年下だろうか、若くてキラキラした印象の二人は、結婚と彼氏について話をしている。 「だってさ、青春を捧げた人じゃん? だったら責任取って欲しいよね」 「そうそう。でもさ、私から結婚をしてって言うのもなんか焦ってるみたいで、かっこ悪くない?」 「そんなことないよ! だって、早くしないとアラサーになっちゃうよ」  そのアラサーで、しかも十年付きあった彼氏とろくに連絡できていないのが自分だ。  皮肉に思いながらも、みちるは外を流れる景色をぼうっと眺めた。 「でも五年だよ、五年。そろそろプロポーズしてくれても良くない?」 「今度記念日なんだよね。期待しちゃうけど、なんかね、怖いよね。もし言われなかったらとか、あっちにその気が無かったらとか思うとすごく怖い」 「もうこれだけ長いと、結婚前提の付き合いって思うし」 「うん……いまさら彼氏変えるとか考えたくない。好きっていう気持ちと同時に、別れにくいというか」  それに思わずみちるは納得する。別れにくい、それはごもっともな意見だ。  長く付き合えば付き合うほど、愛情ではなくて別れられない情が湧く。それがいつの間にか楔になって、がんじがらめにしてくるのだ。 「きっとプロポーズしてくれるよ。もししてくれなかったら、聞いたらいいじゃん。結婚とか考えてる?って」 「やー、それができたら苦労しないって。その一言で重いって思われたくないし、そんな気ないよって言われたら傷つくし」 「それじゃ先に進まないじゃん! 勇気出して、大丈夫だよ。ケンスケ優しいし」 「うん……ありがとう」 「いい報告待っているからね!」  二人でニコニコと笑いあっている姿を見て、みちるは目をつぶった。どうか彼女が、幸せになれますように。人の幸せを願える余裕が自分にもあったことにほっとした。  余裕なのではなくて、自分たちの関係を諦めているからなのかもしれないけれど。 『まもなく〇〇駅に到着します。お降りのお客様は、車内にお忘れ物のないようにご注意ください』  扉に預けていた身体を起こす。ゆっくりと速度を落とし始めた電車がホームへと入るのを見つめる。 「あ、そうそう。ペット人気なんだよ! もしケンスケがぐずぐずしてたらペット飼ったら? ペットは裏切らないし、懐いてくれたら可愛いし、寂しさも満たされるよ」 「わ、それいいね。うちのアパート、ペット大丈夫だったから――」  みちるは電車から降りて、ふむとうなずいた。 「……ペットか。妙案かもしれない」  駅の近くのショッピングモールに、小さなペットショップがあったはずだ。みちるは帰り道に、モールへ立ち寄ることにした。
/107ページ

最初のコメントを投稿しよう!

137人が本棚に入れています
本棚に追加