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第74話
ヒールを履くと大概の男性は目線が一緒になるのだが、その男性はそんなみちるよりも頭上に顔があった。
背の高い伊織よりも、数センチは高い。ぽかんとしてみちるが見上げるのと、男性がほほ笑むのが同時だった。
きれいにまとめた髪の毛は清潔感があり、結婚式のようなスリーピーススーツを嫌味なく着こなす姿が印象的だった。
「えっと……はい、その通りです」
「だと思った」
浮いているからとストレートに言われて、見た目の上品さとは裏腹な言いかたに、みちるは思わず肩をすくめた。
「仕事帰りで慌てて来ましたって感じだよね、君。それに、心ここにあらずで……婚活パーティーとか興味なさそう。キャリア一筋って感じだね」
ズバリ見抜かれてしまい、「恐れ入りました」とみちるはもう一度肩をすくめた。
「パーティーに、仕事用の大きい鞄で来るところがね。クロークに預ければよかったのに」
「あっそっか、クロークという手があったんだ。もっと早くに教えてほしかった」
受付でそういえばそんなことを言われたなと、たった今思い出す。しまったとばかりに眉根を寄せた。パソコンが入っているので、地味に重たいのだ。
しかしすでに時遅しで、お開きの時間のほうが近い。
「あはは、本当に気がついていなかったんだ」
「気がついていたらとっくに預けています。パソコンが入ってて」
おっちょこちょいだねと言われてしまい、なにも言い返せない。
話しかけないとマズいのかと思って見上げると、気がつかなかったがずいぶんと整った顔立ちをしている男性だった。
あっさりとしているが彫りが深く、凛々しい眉毛に少し垂れ目の優しげな瞳。
そういえば、フリートークになった瞬間に、大モテしている人物がいたことを思い出す。みんなの注目の的が目の前にいたので、びっくりして春巻きを飲み込んでしまった。
「俺も代打みたいなもん。興味ないんだけど、周りが行けってうるさくて」
みちるは話を右から左に聞き流しながら、数名の女性がきょろきょろと辺りを見回しているのを見る。
おそらく、みちるの隣の人物を探しているのだろう。この会場で、断トツにモテていたから。
「あの、貴方と話したそうな顔をしている人が探しているようですが……行ってあげたらどうですか?」
「君、人の話聞いてた? 俺は婚活に興味ないのに、来させられたって言ったんだけど」
「聞いてなかったです、ごめんなさい」
本気の女子たちの反感を買うのがいやなので、隣の勝ち組男子から離れようとしたのだが、腕をグイッと掴まれた。
「ねえ、このあと時間ある? ちょっと話さない?」
「いえ……時間は無くて」
みちるはちらりと腕時計を見る。そして、もうすぐ二十一時なのを確認した。伊織に連絡をしなくては、と気持ちが焦る。
「面白いね、君。名前は?」
面倒ごとになると厄介なので、みちるはスーツの内ポケットから名刺を取り出して渡す。
「御用があれば、こちらまでご連絡いただけると助かります」
お手数をおかけしますが、と加えて言うと、男性は甘いマスクにうっとりするような笑みを乗せる。
「連絡するね、今村みちるさん。今度、今日撮ったディスプレイの写真見せて」
そう言い残すと、手を振って戻ろうとする。まさか、嬉々としてディスプレイの写真を撮りまくっていた姿を見られていたかと思うと、みちるは恥ずかしくなって息を呑み込んだ。
「あ、あの……お名前は?」
「大橋。大橋博嗣。じゃあね、みちる」
ウインクをされて、みちるはぽかんとした。あんまりにもスマートだったのと、それが様になりすぎていたからだ。
伊織の美形を見慣れていなければ、確実に頬が赤くなっていたに違いない。
みちるは自分の頬に手を当てたが、もれなく熱くなっていた。ディスプレイを撮っていたのを、黙って見られていたせいだ。
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