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第75話
結局連絡先を誰とも交換しないまま、みちるはコートを羽織って寒空の下へ歩き出す。
蘭から着信が来ていて、それに出ながら駅まで向かった。
『おっつかれー! で、どうだった? イケメンはいた? 結婚相手によさそうな人は?』
矢継ぎ早に言われて、みちるは苦笑いをする。
「いなかったよ。でも、お料理もおいしかったし、中もキレイですごく楽しかった。ありがとう、蘭」
『げ。結構スペックいい粒ぞろいの婚活パーティーっていうのが売りだったんだけど、違っていたのかー』
残念がる蘭に「でも……」とみちるは白い息を吐く。
「すごいモテている人はいたよ」
『それ詳しく』
代打だとバレて声をかけられたけれど、名刺を渡して終わったというと、蘭は電話越しで大声を出して残念がった。
『もったいないって! まさかのスリーピースで、しかも品がよくって、イケメン? 結婚詐欺かサクラじゃなきゃ、最高じゃん』
ぶうぶう言う蘭をなだめて、またなにかあれば相談に乗って欲しいとお願いをした。もちろん、今度ちゃんとお礼をするつもりだ。
『まぁ、楽しめたなら良かったか。仕事のことばっかりのみちるさんですからね』
「ごめんごめん。直登のこともキリがついていないし、伊織くんにだって……」
そこまで言ってから、みちるはハッとして時計を見る。二十一時を十五分も過ぎていた。
瞬間、ふわふわした気持ちが一気に冷めて、みちるは青ざめる。
「蘭、ちょっとまた今度。急用忘れてた、怒られる!」
『その慌てっぷりは年下男子くんの件かな?』
「二十一時までに連絡するって言ったのに、すっかり話し込んじゃって」
『あらーそれは拗ねちゃうわね。すぐ連絡してあげて』
拗ねられると伊織は面倒だ。一度こっぴどく拗ねられた経験があるみちるは、それを思い出して血の気が引く。
蘭との電話を終えると、すぐさま伊織に電話をした。
「お願い、出て……拗ねないで、お願い……」
祈るような気持で電話をかけると、五コール目で電話に出る音がする。
「もしもし、伊織くん。ごめんね、あの、ちょっと話し込んじゃってそれで」
『俺、二十一時までって言ったよ、みちるさん』
「……忘れていたわけじゃなくて」
『気をつけて帰って来てね』
プツンと電話を切られてしまい、やってしまったと盛大に肩を落とす。
またもや拗ねられてしまって、これではご主人様失格だ。
「そもそも、伊織くんはペットでもなんでもないのに……なんでこんなに振り回されるのよ、私のバカ」
伊織が拗ねたところで、恋人でも弟でもない、ただの居候の他人なのだ。放っておけばいい。
なのに、それができなくて気落ちする。
先ほどまでのふわふわした気持ちもどこかへすっ飛び、家に早く帰らなくちゃと早足になる。
「もう、ごめんってば伊織くん……」
結局気持ちを掻き乱されて、みちるは泣きそうになりながら家へ帰った。
伊織からメッセージも来ず、さらにそれが心をかき乱してくる。
マンションのエレベーターに乗り込み、自室の階に到着すると大慌てで駆け出した。
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