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第76話
「――ただいま、伊織くん!」
大慌てで部屋へ飛び込んだのだが、電気がついていなかった。
ぎょっとしてリビングへ向かうと、とつじょ脇のキッチンから腕を掴まれた。
「きゃっ!」
「俺だよ、みちるさん」
パッと明かりをつけられて、眩しくて目を細めるが、見れば伊織がそこにいた。ニヤニヤと笑いながら、みちるをいたずらっぽく見つめる。
「驚いた?」
それに声も出せずに首を縦に振る。一言もの申そうとしたところで、口の中に何かが押し込められた。
「齧ってみて、みちるさん」
言われて一口歯を立てると、ほんのりとした温かさを感じ、中から柔らかくて甘いものが溶けだす。チョコレートの香りに包まれて、みちるは伊織を見つめた。
「やっぱりフォンダンショコラにしたの」
一口サイズの、と付け加えられて、みちるは美味しくて顔がほころんだ。
「驚かせようと思って待ってたんだ……ちょっとは俺のことで、頭いっぱいになった?」
もぐもぐしながら、もちろんとうなずく。みちるとしては、年下の、弟のような存在に、してやられっぱなしだった。
「美味しい、みちるさん?」
「美味しい。あと、時間過ぎちゃってごめんね」
「いいよ、でもご褒美は欲しいな」
そのちょっとの隙に、伊織がみちるの唇を塞ぐ。チョコレート味のキスを、まさかバレンタインに自分がするとは思っていなくて気が動転した。
待ってもダメも言えないくらいに、伊織の舌がみちるの中に押し入ってくる。かと思えば、唇をぺろりと舐められて、くっついているであろうチョコレートを舐めとられた。
ダメだと言おうとしたところで、重なる口づけの甘さに耐え切れず足が崩れる。伊織が支えてくれなければ、確実にフローリングに倒れていたはずだ。
そのままソファになし崩しに押し倒された時には、すでに頭の中は真っ白で、チョコレートの甘さしかわからない。
いや、すでにこれだけ口づけを交わしたなら、チョコレートが口の中に残っているはずもない。
つまりは、伊織の甘いキスに陥落していた。学生だと年下だと侮っていたことを後悔する。それくらい、伊織の口付けは甘くて大人な味だった。
「俺がどんな気持ちで十五分を待っていたか、思い知ったかみちるさん」
おどけた口調とは反対に、口づけは責め立てるようだ。
身体の中を流れる血液が、いつもよりも熱くなる。勘違いでもなんでもなく、体温が上がってくる。
痺れたように動きが鈍くなるみちるの身体を、容易く伊織は抑え込んでしまう。口づけが深まると、息の仕方がわからなくなってしまって悶えた。
「みちるさん……鼻で息しないと苦しくなっちゃうでしょ。別にいいけど、息しなくても。その顔そそられるし」
息をずっと止めていたせいで、顔が暑くなっている。唇を離してくれた瞬間に息継ぎをするが、それでは酸素が足りなくて吐息が漏れ出た。
耳を触られて、手がうなじや首を撫でまわしてから頭を抑え込む。ぎゅっと抱きしめて押し倒されると、身動きが取れない。
まるで野獣にでもなってしまったかのような伊織の口づけからは、逃れられなかった。
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