第77話

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第77話

 伊織は結局どうしたいのだろうか。ペットでいいと言ったのに、ペットには思えない。  みちるはため息が重くなりつつ、激務に明け暮れた。  気がつけばホワイトデー間近になるまで、みちるはスケジュールがいっぱいいっぱいで、伊織にかまっていられる暇もなかった。  どうにか家には帰って来られるが、それでも深夜を回ることのほうが多い。  結局、みちるは仕事一筋のままだ。  好きな仕事をさせてもらえているのはありがたい。やりがいも感じている。だからこそ、伊織の存在はとても癒された。  つかず離れずの関係で、時たま拗ねたり怒ったりすると、伊織は少々いたずらに乱暴に口を塞いでくる。  バレンタインデーの時も、骨まで溶けるようなキスをしておいて、そのあとは悪いことは一つもしていない。  理性的なのか、そうでないのかわかないが、確実なのは伊織に翻弄されているということだ。  それ以外は順風満帆な日々だが、ふと冷静になって考えてみれば、どこも順風満帆ではない。  直登からの連絡には返したり返さなかったりが続き、彼も日本に帰って来られない忙しい日々が続いている。  気持ちを置いてきぼりにするのには慣れている。仕事とプライベートの両立は、この国のキャリア女性が抱える最大の問題なのだ。  ホワイトデーのお返しを、そろそろ伊織に相談しなくてはいけない。  逆じゃないかと思ったのだが、伊織は気にしていない様子だった。そもそも、海外のバレンタインは逆だとまで言われていたので、みちるはなんだか納得していた。 「いらないって言ってるのに、ホワイトデーのお返し、そんなに俺に渡したいの?」  久しぶりに早く帰宅できて、伊織とゆっくり夕食を食べることができた。  また根詰めなくてはならない日々がすぐ迫ってきてはいるのだが、大きい仕事が片付いていた。  食後にソファで映画を見ていた時に切り出すと伊織はぐっと身体を寄せて迫ってきた。  甘ったるい視線で見つめられて、みちるは思わず視線を泳がす。伊織の覗き込んでくる視線は、逃げられなくなりそうなのだ。 「バレンタインデーお祝いしてくれたのに、お礼しないなんて……というか、近いってば、伊織くん!」  いつの間にかみちるに寄りかかるようにして、ついでに両腕で抱きしめられていた。  防衛本能が働いて腕を突っ張らせたのだが、それが無ければ確実にきつめに抱きしめられていた所だ。 「んー。嬉しくてつい。それに、久しぶりだな、みちるさんの焦った顔」  かわいい、と言われて下から覗き込まれると、みちるは顔中が発火しそうになる。耐えられず、両腕のツッパリを解いて両手で顔を覆うと、すぐに伊織がぎゅっと抱きしめてくる。 「伊織くん、自分がかっこいいのわかっててやってるでしょ?」 「かっこよさを決めるのは俺じゃなくて、俺以外の人だよ。でも、みちるさんが俺に弱いのは知ってる」 「わかってて悪用するのはよくない」 「なんで? 使えるものは使わないと…。」  伊織はみちるの手をどかす。すかさず押し倒されてしまい、そのままぐいぐい迫られた。 「ちょっとちょっと、伊織くんってば! それ以上近づいたら、ホワイトデー無し!」 「そんな意地悪言うなら、口塞いじゃおっかな……ホワイトデー無しでも、キスできたら俺は満足だし」  大慌てでクッションを間に挟むと、やっと伊織は止まった。
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