第84話

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第84話

 始まってみれば、合コンは案外楽しかった。  話しもそつなく盛り上がるし、無理強いをするような飲み方をしない。大人でおしゃれな飲みかたをする人が多い。  だけど、やっぱり物足りなさを感じる。そんなことを言える立場ではないと重々分かってはいたものの、彼氏が枷となっているのか、伊織のことが気になっているのか、どちらにしても気分が最高潮になることはない。  みんなが盛り上がっているところで、そっと抜け出してバーカウンターへ向かった。少しクールダウンがしたかったのと、そちらでもお酒を頼めるということで興味があった。  あまりアルコールを飲むほうではないのだが、注文しやすい雰囲気に魅せられて、カウンターへ足を運ぶ。  メニューを見ながら悩んでいると、隣でお札とともに「ギムレット」と注文する声がした。  隣に来た人物を見て、みちるは声を失う。爽やかにスリーピースを着こなした男性は、ニヤリとしてもう一枚お札をカウンターへ出した。 「彼女には、アレキサンダーを」  バーテンがお辞儀をして後ろに下がり、お酒の準備を始める。 「あ、あの……」 「悩んでいたんでしょう? 俺のおすすめ」 「ごちそうになる理由がないです」  我ながら可愛くない言いかただったのだが、優しそうな印象の男はくすくすと品よく笑った。 「久しぶりの再会に乾杯、じゃダメ?」  さらりとみちるの手をとると、甲にキスをしてくるところがなんとも慣れている。  みちるは固まった挙句、目を丸くしてしまった。  あの婚活パーティーで、壮絶なモテ具合を発揮していたスリーピースの男性、大橋博嗣だ。 「ダメじゃないですけど……一体ここでなにを?」  尋ねると、博嗣はふとにぎわっている奥を指さす。 「後輩の、結婚式の二次会」 「平日に?」 「土日は仕事。サービス業だから」  なるほど、とうなずいたところで、カクテルが運ばれてくる。乾杯とグラスをちょこっと持ち上げられて、みちるもお辞儀をしてから一口飲んだ。 「わ、美味しい」 「女性にも人気のカクテルだからね。でも気をつけてね、カクテルは甘いけど強いのが多いから」  クリーミーな甘さで、ついついもう一杯飲みたくなってしまう。女性に人気なのもうなずける味だった。 「大橋さんのは、甘くないカクテルですか?」 「お酒飲まないの? 一口飲む?」  渡されて、みちるはギムレットを飲んでみる。スッキリとした味わいで、爽やかな口当たりだ。 「これも、美味しい」 「どっちが好き?」  言われてみちるは、自分が持っていたグラスを持ち上げる。だろうね、と博嗣はカクテルを揺らした。 「そういう君こそ、こんな所でなにを?」 「あー」  素直に合コンというのもなんだか気まずい。しかし、嘘をつかないみちるが泳がせた視線の先の、男女混合で飲んでいる集団を見て、博嗣はなるほどとつぶやく。 「合コンに来るには、ちょっとノリが足りなかったってわけね」 「まあ、間違ってはいないです」  みちるは甘いカクテルをぐっと飲みほした。
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