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散らかった部屋
片付ける気力は無い。
毎日の仕事は
こなす事で1日がおわる。
休日はどこにも行けず寝ているうちに夕方に。
こんな体たらくだからか知らないが友達も居ない。
自己嫌悪はつのるものの
どうにも動く事が出来ない。
スマホを眺めてたまたま見つけたページ。
愚痴聞きますと書かれている。
外に出なくてもいい、
リモートで顔出しもせず、家で受けられると言う事で
申し込んでみた。
20代の女性が画面に出て来た。
「声、聞こえてますか?」相手からの確認だ。
「はい」
遥可という名の、相手のセラピストは言う。
「そちらの室内の壁紙を変えてみませんか?」
え?顔出ししてないはずなのに。
「壁紙設定なんて要りませんよ。私の顔映って無いですよね?」
念のためマスクもしてるが、ボサボサ、すっぴん、部屋着も散らかった部屋も見せられない。
「そうではなく、あなたが今居る場所を違った景色にするんです。やってみましょうか」
遥可が言うと、室内の景色がライトアップされた鍾乳洞に変化した。
え…何これ
「驚かせてごめんなさい。壁紙を変えるって、こういう事なんです。私自身の部屋もただのマンションの室内ですが同じようにしています。」
突然バーチャルリアリティの世界に放り込まれた様で、どうしてこんな事が出来るのか驚くばかりだが、
「しばらくの間、お付き合い下さい」
との遥可の言葉に、まずは従う事とした。
「悩み事があれば、聴くだけですけど、仰って下さい」
仕事自体は嫌いじゃ無かったけど、上司も同僚も冷たい。
仕事をこちら1人に押し付けて、彼らは楽しそうにしている。
誰一人悩みを相談出来る相手は居ない。
疲れた佇まいで通勤していると、
すれ違う関係の無い他人さえもが、ぶつかって来たり失礼な態度を取ってくる様になった気がして来る。
流石にやばい気はしてた。
そんな悩みを、遥可に対して、延々と語った。
遥可は、否定する事なく「それは辛いですね」
と相槌を打つ。
ネットの相談でも
医者に通った事もあるが結局のところ
被害妄想、と呼ばれるのが関の山だったから、この受け答えは大変有り難かった。
「重たい荷物を沢山抱え込まされている感じですね。
気休めにしかなりませんが、
一度
クリアにしてみませんか?」
遥可は両手を広げた。
何かスクリーンの様な物が現れたかと思うと、
それは黒っぽく汚れたキャンバスだった。
「一旦、あなたの置かれた環境を、クリアにしましょう」
一瞬部屋を覗かれたかと思ってドキドキしたが勿論先程話した職場などの人間的な環境についてだった。
「これを、塗り潰してみましょうか
手をかざす様に、動かしてみて下さい。
白い絵具で、全て塗り潰す様に」
恐る恐る手を空中にかざし、左右に動かしてみる。
驚いた事に、モニターの向こうで、汚れていたキャンバスが白く塗り潰されていく。
全て塗り終えた。
「OKです。素晴らしいですね。
ではここに、描きたいものを、上書きしましょう♪」
そんなもの、あったっけ?
考えるや否や、白いキャンバスに、花の絵が広がっていった。
「これは私のアイデアではないです。
あなたの本当に見たい景色を形にしたものです。
キーを転送します。試験管の形をしています。
それを握りしめながら念じると、またこの絵を見る事が出来ます。」
手元に、小さな試験管が現れた。中には小さな水晶の結晶が入っていた。
あれから何か現実が変わったかと言われればそうでもない。
だが、試験管を握り、目を瞑ると、
洞窟の中に、花が咲き誇るキャンバスが見える。
見るたびに、少しずつ絵が変わっている。
洞窟を練り歩いて、他のオブジェも眺めた。
孤独なのは私だけでは無いと思えて来た。
今いる場所を、立ち去ろう。
その為に、力を付けよう。
白く塗り潰した様な、心の余白が、出来て来た様な気がする。
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