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一時間目は学級会。学級の反省をする時間だ。
「意見のある人はいますか?」
私がそういうけれど、クラスメートの話し声に掻き消されてしまった。
「あの、何か意見は」
「でさー」
「まじ?」
「みれいヤバすぎ」
クラスメートの中でもひときわ目立つその少女は、授業中だというのに、自分が間違っているなどありえない、とさえ感じられる女王様オーラを放ちながら、仲間たちと喋っている。
「あはは」
「それウケる!」
田辺美麗。
カースト上位、クラスの女王様。
顔面偏差値は高く、男子にとっての高嶺の花。
いわゆる陽キャ、と呼ばれる部類の人間だ。
…誰も、私の言葉など聞いてはいないのだ。
いや、悲しむな。
無感情でいろ、自分。
と、椅子をガタリと音を立て、一人の男子が立ち上がった。
「あのさぁ。今山内が話してんだから、静かにしろよお前ら」
形のいい眉を顰めて彼はクラスメートを見回す。
クラスのざわめきがやんだ。
彼は、正義感が強くて、真面目で、優しくて、テストでは毎回上位十番以内だし、バスケ部の部長として恥じぬプレーをしている。
それだから、彼は多くの女子の憧れなのだ。
それだから、私はこんなにも身も心も焦がしているのだ。
そして、こんなにも、恐れているのだ。
「一田くんは黙っててください」
思いを振り切り、何の感情も感じられない声で告げる。
「私の仕事なので」
「…そ、そっか。悪い」
さっきとは別の沈黙が降りた。
「山内サンさぁ」
田辺さんが、弄っていたスマホから視線を上げ、私をじろりと見た。
スマホは、校則では禁止されているはずなのに。
隅々まで舐め回すように絡みつく視線。
「せっかく結クンが気をつかってくれてるのに、感じワルくない?」
ぐさりと心に刺さる。
別に私だって、好き好んでこんなことしてるんじゃない。
何が悲しくて、想い人に嫌われる可能性の高い発言をしなくちゃいけないんだ。
そう言いたいのを、ぐっと堪える。
「結クン、かわいそー」
田辺さんは、一田くんを「結くん」と呼ぶ。
それを聞くたび、私の胸はチリチリする。
「あ、わかった。クラスの反省。学級委員が冷酷すぎる!」
「あっはは、みれいヤバいよそれ!」
「言えてるー」
「あは、それ言っちゃう?」
周りの女子が笑いながら私を蔑む様な目で見る。
「…わかりました」
意見が出た以上、学級委員として無視するわけにはいかない。
カツ、と黒板にチョークの滑る音が響く。
「え、書くの?」
「やだ、自己主張激しすぎじゃん」
「まじ?山内さんナルシスト説」
もう、やめてくれないかな。
「…山内さん、黙ってろって言われたけど、ゴメン。ちょっと一言いいかな」
「え」
私が返事をする前に、一田くんは席を立ち、田辺さんの机の前に立ちはだかるようにして田辺さんを見下ろした。
「なに?結くんもそう思う?だよねー」
「田辺。山内さんは、俺らがやらないような仕事を、毎日こなしてるんだよ。別に自分の為でもなく」
「…だから?」
田辺さんの語気が強まる。
「そうやって馬鹿にすんの、どうかと思う」
一田くんの真っ直ぐな視線を向けられて、田辺さんは、男子が何でも許す気になるほどの美少女スマイルを浮かべる。
「やだなぁ、結くん。いつから熱血にキャラチェンしたの?クラスの為に尽くすのとか、学級委員なんだから当たり前じゃん」
「学級委員の仕事押し付けたの、お前だろ。せめてクラスメートとして協力しろよ」
と、怯まない一田くんに、田辺さんがうるっと目元を潤ませる。
「みれい、そんなことしてない…ひどいよ、結くん」
いたいけな美少女に見つめられた一田くんが苦い表情で自分の机に戻っていった。
でも、私は見てしまった。
一田くんが背を向けてから、下を向いて口の端を上げた田辺さんを。
田辺さんは、一田くんに思いを寄せている。
…勝てっこない。
私は、せり上がってきた感情を飲み下す。
舌にじんと痛みが走った気がした。
結局、数人が出した反省案が採用され、この日の学級会は終わった。
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