一田 結

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私と一田くんは、日に日に仲良くなっていった。 私の本意じゃない。 いや、本意だけど本意じゃない。 むしろ、どんどん気持ちが大きくなる一方で抑えるのが難しくなるばかりなので、ちょっと距離をおきたいくらいだ。 ああ、なんて面倒な能力だろう。 今まで、この能力を誇りこそすれ、恨むことはなかった。 それが今、この能力のせいで好きな人から距離をとりたいなどと思う自分がいるのだ。 恨まずしてなんとしよう。 何が悪いって、一田君が優しすぎるのが全面的に悪いと私は思う。 あれはもう反則だ。反則オブ反則だ。 手も足も出ない。 しかもそうであることを自分の心の奥深いところが願っているとなれば、もう打つ手はなかった。 「お手上げだよ…」 「また悩んでんの?これが悩み多き乙女ってわけか」 私が考え事をしていると、その悩みの種に他ならない一田くんが、クラスの忘れもの名簿とにらめっこをしているように見えるらしい私をのぞきこんだ。 うぐっ。また反則。 近い。 荒ぶる動悸をなんとか鎮め、できる限りの無表情と淡々とした声音をつくる。 「別にそういうわけじゃないです。作業してるので、邪魔をしないでください」 「おっと、悪い。なにかできることがあったら、また呼んでくれよ」 客観的に見なくても失礼すぎると分かる私の態度に腹をたてることもなく、彼はさわやかに笑って去っていった。 ふう…。 彼はその性分から、誰かしらが…特に、このクラスの生徒に関するほぼ一切を先生に丸投げされている私が困っているのを見ると、快く手伝ってくれる。 それだからこんなに惚れているわけだが…膨らむばかりの好意を抑えなければと忙しいのだ。 私は、またため息をついて、大人しく先生に任された忘れ物名簿の仕事を再開した。 「えーと、明石さんが数学のノート、前田さんが美術の教科書…」 そんな私を鋭く睨んでいる人がいたことに、私は気づかなかった。
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