一田 結

5/6
前へ
/8ページ
次へ
あーもう! なんで終わらないんだよ…。 私は心の中で愚痴を言いながら、今日提出の数学・英語の課題の提出者名簿を作っていた。 「あ、この人も出してない!あとは…前田君。また忘れたの?全く…」 「よっす。悩み多き乙女」 「へ」 がらりと教室の扉が開いて、一田君が姿を現す。 うおわ、神出鬼没。 一瞬の油断も許すまいと? 私の心が安らぐ瞬間ってないのか…。 無表情、無表情。 「何か用ですか?あと、そんなおかしな呼び方をされたのは初めてです」 「…相変わらずおカタいね。前みたく、今の時間なら笑ってるかなって思ったんだけど?」 用件を問うたのに気付いているのかいないのか、一田君は歩いてきて私の前に座って振り返った。 「さてと。じゃ、俺は数学やるわ」 「え、別にいいよ。部活は?」 確か、サッカー部だったはず。 なら、まだこの時間はグラウンドで練習があるはずだ。 「あー…この前やめてきた」 「え?い、いつ?」 想いを寄せる前から密かに、一田君がプレーしてるのずっと前から見てたのに。 「えっと、あ、俺と山内さんがあった時。退部届出して、荷物片付けに教室来たんだよ」 「そっか…もったいない…」 そこで、私はハッと口を手でおさえた。 一田くんが笑う。 「やっぱ、山内さんて、俺と二人だと笑うよね」 「それ、どういう意味?」 「いや、田辺みたいに大人数できゃーきゃー言うより、少人数が好きなのかなって。違った?」 「え?うーん、まあ」 小人数が特別好きなわけではないが、大人数だと自分が何かしでかさないかと緊張するから、あまり好きではない。 本当は、大人数ではしゃいだりするのも楽しいと思うけど。 でも、私にあの能力という一生ついて回る枷があるかぎり、叶わぬ願いだろう。 「ていうか、語弊ありすぎ。もうちょっと言葉には気をつけてよ、乙女って言うくらいならさ」 「悪い悪い」 肩をすくめてみせた一田くんは、私が止める間もなく早速数学の提出名簿づくりに取り掛かった。 苦しくない、不思議と心地よい沈黙がおりる。 「…山内さんさ、」 ふと口を開いた一田君が背中ごしに私に言葉をかける。 「うん?」 「…いや、なんでもない」 しかし、すぐやめてしまった。 むう、気になる。 でも、下手に追及してしつこい女だって思われるのも嫌だから、黙っておいた。 代わりに、別に質問を口にする。 「一田君。なんでいつも手伝ってくれるの?」 「あは、それ聞く?」 少し笑いながら一田君がくるりとこちらを向く。 「なんでだと思う?」 「え、えっと…優しいから」 すると、いたずらを思いついた子供のように笑った。 「いずれ分かるよ」 なんだそれ。 答えることから逃れられたようで、納得いかずにむうと頬をふくらませると、また一田君は笑った。 「ありがとう、一田君。おかげで大分はやく終わった」 「どういたしまして。また呼んでくれてOKだから。じゃあ」 そうして私たちはわかれ、それぞれの帰路についた。 その、翌日のことだった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加