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「生意気なのよ」
学級委員の仕事のため通常の生徒より20分ほど早く登校して教室についた私の前に、クラスの女王様とその取り巻き達は立ちふさがった。
「地味子のくせしてさ、一田君に近づかないでくれる?」
なんて理不尽な物言いだ。
とは、言えなかった。
言えば私は確実に、このクラスにいられなくなる。
このクラスには一田君もいるのだ。
離れたくない。
しかし、不敵に笑みを深くする女王様に、本能は警鐘を鳴らしていた。
「あのね、地味子の足りない頭じゃ分かんないかもしれないけど、一田君と釣り合うのはみれいだけ。みれいがいれば十分なの。地味子なんていらないの、分かる?」
地味子…久しぶりに聞いた。
みれいは私をそう呼ぶ。
でも、一田くんが同じクラスになり、一田君からの心証をよくするためか、しばらく聞かなかった。
まあ、そうかもね。
たしかに、みれいは可愛い。
一田君に十分釣り合う美人だ。
対するこちらは、恋心さえ抑制しなきゃいけない「地味子」なんだから、それはそうでしょう。
でも、今までにもうっすら気付いていたことを今、この場所で、なぜ私に突きつける?
一田くんとは両想いになどなれないという冷酷な現実を、何故否応なしに呑み込まねばならないのか。
心は拒否していた。
しかし落ち着け。
私は地味子だ。みれいはクラスの女王様だ。
そして私は学級委員だ。クラスの調和を乱してはならない。
みれいに従わなければ。
「…うん」
「あ、よかったねみれい。地味子の残念な頭でも、そのくらいは分かったみたいよ」
「うん、まあ、みれいが懇切丁寧に示唆してあげたからね。あ、示唆って分かるかなぁ地味子?」
くすくすと取り巻きが笑う。
…なんで?
私は従ったのに、みれいたちは笑みを張り付けたまま立ち塞がって、どこうとしない。
「でもねぇ地味子。あのね、邪魔なの。みれい、一田君が薄情な女狐に弄ばれてるの見るとね、吐き気がするの」
「女狐、って」
いくらなんでもそれはひどいじゃないか。
私は、みれいたちを含むクラスのみんなのため、薄情でいなければならなかったのだ。
弄ぶなどもってのほか。
私だって本気の恋がしたいのに、能力のせいでできないのだ。
何か心の奥底で、蓋をしていたはずの感情が蓋の隙間からぼこりと音をたてた。
待て、抑えろ。
抑えろ私。
必死で言い聞かせる。
でも、蓋はだんだんと、持ち上がって来る。
やめて。
抑えろ。
「一田君、かわいそう。折角地味子に優しくしてあげてるのに、いっつも酷い扱いされてさ。みれいは純粋に一田君が好きでアピールしてるのに、女狐のせいで見向きもしないで」
「嘘、みれい可哀想…ひどいね。全部地味子のせいでしょ」
「だよね。地味子がジャマするからだよ。一田君は、私だけ見てればいいの。他の女はいらない。私だけで十分なの」
吐き気がするのはこちらの方だ。
ああ、そうとも。
一田君にひどい扱いをとっているのは私だ。
でも、私の本意であるか?
断じて否だ!
私だって一田君が好きなの、弄んでなんかない!
むしろ、私がこの気持ちに弄ばれているのに。
抑えきれない激情が蓋の下で不穏さを増し、不快感を伴って喉の奥をツンとつく。
もう何かのひょうしに零れてしまいそうだった。
「ね、わかる?地味子、分かる?いらないの。あんたみたいに、一田君を誑かす女狐なんてね。いらないの。いちゃだめなんだよ。」
ふと、私は思った。
なんで私、こんなヤツのために感情を抑えてるんだろう。
なんで傷つけてくる相手のために我慢してるの?
蓋は弾け飛んだ。
もう何も考えていなかった。
ただ感情だけが私を動かしていた。
「ふざけないでよ!クラスの女王様だからっていっつも偉そうに!示唆が分かるかって?示唆されても分かんないでしょうあんたには!あんたが呑気にバドミントンをしてる間に、私はずっとクラスのために働いてるんだよ!それなのに、なんでいつもいつもいつもいつもいつも、文句ばかり!その口は下らない事しか言えないの!?」
いきなり爆発したようにしゃべりだした私に、呆然とみれいたちは立ち尽くしていたが、いきなり、私の感情によって強風が教室に吹き荒れた。
「きゃあっ!?」
「な、何!?」
しかし、私の感情はおさまらない。
おさまるわけがない。
ずっと、ずっとずっと我慢してきたのだ。
「そりゃあ生まれつき美人でいいでしょうね、地味子で悪かったよ!でもね、他人の恋を簡単に推し量らないでくれる?あんたのそのくだらないものさしでさ!私だって一田君が好きなんだよ、女狐だろうがなんだろうが嘘じゃない!それでも私は恋ができない、苦しいんだよ!毎日のうのうと生きているみれいにはどうせ分かんないけどさ!ああよかったよ、みれいが絵に描いたような悪役で!私は何の気負いもなくこんなに悪口が吐けるんだからね!」
机ががたがたと揺れる。
チョークは床に落ちて粉々になり、掃除道具入れからホウキが雪崩のように次々と倒れてドアを押し開け崩れる。
「なんで私ばっかりがこんなに惨めな思いしなきゃいけないの!?なんで好き勝手虐げられて何も言えないの!?」
風はさらに暴れ、その瞬間に全ての窓ガラスがパリィン!!と割れて床に散らばった。
学級文庫はばらばらに倒れて落ち、その下にあった植木鉢は粉々に割れた。
みれいたちは恐怖に呑まれて、固まって震えていた。
ざまあみろだ。
金属製のロッカーがありえない音をたてて、巨人に殴られたかのように凹む。
黒板は表面をずたずたに切り裂かれ、もうまともに字は書けない。
机も脚はひん曲がり、天板は罅が広がっている。
「私だって好きなんだよ!!」
最後に残った思いを吐きだして我に返った私は、呆然と部屋の惨状をながめた。
みれいたちはかくりと膝をつき、化け物を見るような眼で私をうつした。
「な、な…!何なのよ…!」
それはこっちの台詞だ。
ずっとこうならないように、感情を抑えてきたのに。
「…山内さん?」
…私は、耳を疑った。
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