暗闇からの脱出

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暗闇からの脱出

 僕は今、自分の選択を後悔している。 「なんで、こんなところに……」  視界を完全に支配する黒。  右、左、上、下、前、後。どこを見ても、黒しか見えない。  いや、正確には「何も見えない」。盲目の人は、こんな感じなのだろうか。  普通は何かしら外の物音が聞こえてきそうなものなのに、音でさえも、この暗闇という化物に飲み込まれてしまったかのように、息を潜めていた。 「ああ……」  不安に漏らした声だけが虚しく響き、自分が今この空間に独りということを思い知らされる。  感じないようにしていた恐怖が、つま先から体を這うように駆け上がり、全身の毛を逆立てるような感覚が襲う。  ――――逃げたい。  この気持ちは、生物の防衛本能なのだろうか。……いや、これは僕の、心の弱さかもしれない。 *   「お前、ここへ行ってこいよ」  そう言ってアイツが見せたのは、真っ黒な紙に細く白い字で「たからさがし」と書かれた不気味なチラシだった。 「え……」 「『暗闇脱出ゲーム』みたいなやつだよ。最近、出来たらしいぜ。影が薄いお前にピッタリのイベントじゃん」  僕――山本勇気(やまもとゆうき)がこの世で最も恐れる存在――荒木遼也(あらきりょうや)。  この高校で出会ってしまった、悪魔。僕はもうずっと、あの男の奴隷だ。  遼也は典型的ないじめっ子で、クラスの中心的人物だ。    担任教師もクラスメイトも、僕がいじめられていても見て見ぬフリ。みんな結局、アイツのことが怖いのだ。  でも、周りの人間を責めることなんて出来ない。僕もアイツが怖いからだ。  脅迫、暴力、暴言、恐喝、嫌がらせ。今のアイツのターゲットは、完全に僕だ。  でも抵抗すると、もっと酷い目に遭う。僕はただ耐え、アイツに怯える日々を送っていた。   「オイ、聞いてんのか? ここへ行ってこいっつってんだよ! もちろん一人でな。……あ、一緒に行ってくれるオトモダチなんていないか!」  遼也は僕へ顔を近付けた後、仲間の二人を振り返って笑った。後ろの二人も、下品な顔でゲラゲラと笑っている。  こんな風景も見慣れたと思ってしまうほどに、僕の心は感情に乏しくなっていた。  あるのは、「恐怖」と「諦め」。  暗闇は、苦手だ。  でも、行く以外に選択肢はない。断ろうとしたら、何をされるかわからない。  その時、アイツが思いもよらない言葉を口にした。 「もし、このゲームをクリアできたら、奴隷を別の奴に変えてやるよ」  虚ろだった僕の心は、目覚めた。 「ほ、本当に……?」 「ああ。噂じゃ、このゲームの脱出成功率は0%。今まで誰もクリア出来てないってことだ。それをクリア出来たら、お前のことを男として認めてやる。もう、お前には何もしないよ」  胸の中で、小さな炎が揺らめきだす。 「……やります」 「お? 急にやる気出したしコイツ! ウケるわ! まあ、せいぜい頑張れよ!」 「泣いて逃げ出すなよ?」  アイツらは、僕がクリア出来るなんて思っていない。これも、あの男にとっては退屈凌ぎのお遊びでしかない。  だけど、僕にとってこれはまたとないチャンスで、決して逃すことの出来ない希望だった。  
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