たからもの

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 僕の手の中で、少女の手が小さく震えている。 「無理だよ……。こんな顔を誰かに見られるなんて……。傷つきたくない……」  彼女の心が、痛いほど伝わってくる。それだけで、胸がギュッと締め付けられる。  それでも。 「ここにいれば、これ以上傷つくこともないよね。でも、嬉しいことにも出会えないよ」 「……」 「こんな暗闇でひとり、ずっと寂しかったでしょう? 外には君を傷つけるものがあるかもしれないけど、君を笑顔にするものだって、きっとあるはずだよ」  少女の震えが止まる。  ずっと諦めていた僕がなぜこんなことを言えたのか、僕自身にもわからなかった。  でもきっと、信じたかったのかもしれない。  ――「生きる世界は、自分次第で変えられる」って。 「僕も、外へ出て行くのが怖いよ。だけど、勇気を出さなきゃ、一生このままだ。君は僕に、『助けて』って言ってくれたじゃない。本当は、外へ出て行きたかったんでしょう?」 「う……」 「大丈夫。一緒に行こう。僕も頑張るからさ」 「うぅ……」 「君はひとりじゃないよ」  少女は、押し殺していた感情を爆発させるように泣いた。  僕は彼女の頭にそっと触れ、優しく撫でる。  しばらく泣いた後、彼女はその言葉を口にした。 「……外へ、出てみる」  僕は微笑むと、彼女の手を引いてゆっくりと立ち上がる。 「行こう」  防犯ブザーのピンを抜く。  闇を切り裂く高音が、新しい世界の始まりを告げる。  少し間を置いて、暗闇にうっすらと光が差した。扉が開いたんだ。  僕たちはゆっくりと、前へ歩き出した。  部屋の外へ出ると、チカチカする視界の中に、あの男性の姿が映った。彼は僕たちを見て、顔をゆがめ泣いていた。 「お父さん……」 「え?」  僕が横にいる少女の顔を見る前に、男性が彼女を抱きしめていた。 「やっと会えた……! ごめん。娘にこんな、見せ物みたいなことをさせて。助けられなくて……ごめん。許してくれ……」  髪の長い少女の横顔は、父親の胸元に埋もれ、よく見えなかった。でもきっと、中学生くらいの年なのだろう。  彼女は、自分を抱き締めたままの父親に応えるように、その背中に手をまわす。 「暗闇は、顔が見えないから、安心できた……。誰かが私の声に逃げていくたび、悲しかったけど……。私の顔が見えても……嫌いにならない?」  「なるわけがないだろう。お前は私の、たった一つの、たからものなんだから……」  抱き合って泣く親子を、僕はじっと見ていた。 「泣いてる」  少女の声で、我に返る。  いつからだろう。僕の頬にも、あたたかいものが流れていた。  いや、それよりも。  父親の腕の中で、少女がこちらを向いている。彼女は、僕を見て笑う。 「顔……怖い?」  僕は涙を拭うと、彼女を真っ直ぐに見つめて、微笑んだ。 「綺麗だよ」  彼女は少し驚いた顔をした後、瞳からキラキラと光の粒を落としながら、最高の笑顔を見せた。 「ありがとう」
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