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世界は、きっと。
「嘘だろ。偽物じゃねえの?」
脱出証明書を持ってきた僕に、アイツは動揺していた。
「本当だよ。疑うなら、ここへ行ってみればいいよ」
「はぁ? お前、調子に乗……」
「荒木くん」
彼の言葉を遮り、僕ははっきりとした口調で伝える。
「約束だよね? 僕に何もしないって。あと、他の人にも、何もしないで」
「あ? 誰がそこまで言った?」
「僕が今、言ってるんだよ。誰かを傷つけたって、自分も傷つくだけだ」
「はぁ!? 良い気になってんじゃねえぞ、この……」
僕の顔に当たる寸前で、アイツの拳は止まった。
僕は目を反らさずにいる。
胸ぐらをつかんでいた手が離れ、アイツは肩を落とした。
「つまんな過ぎて殴る気も失せたわ。覚えとけよ」
そう言うと、同じく動揺している仲間たちを連れ、立ち去っていった。
でもこれで、終わりじゃない。まだきっと、闘わなきゃいけない。
怖いけど……決めたんだ。諦めたりしない、と。
世界はきっと、自分次第で地獄にも、天国にも変えられると、今は信じているから。
*
あの脱出の後、証明書を受け取った時に、男性が話をしてくれた。
「私はこのビルの管理をしていて、このフロアは元々、私たちの住居スペースなんです。ここで娘とふたり、暮らしてきました。でもある日、あの子は学校へ行けなくなり、部屋を暗くして閉じこもるようになってしまったんです。私はずっと、外へ出ようと呼びかけてきましたが……」
僕は、少女がいなくなっていることに気がついた。
「あれ……あの子は……」
辺りを見回す僕に、男性は悲しそうな顔で笑いかけた。
「あの子はもう、いませんよ。あなたのおかげでやっと、光の中へ歩き出せたんだと思います」
「え……?」
「あの子は一年前に、この世を自ら去りました。引きこもるようになって、半年程のことでした」
「え、何言って……。だってさっき……」
男性は、胸ポケットから一枚の写真を取り出して見せた。
そこには、マスクをかけた少女が写っている。目元は間違いなく、さっきの少女だった。
「守れなかった。謝りたかった。そんな時、訪ねてきた知人が気づき、言ったんです。『娘さん、今もここで引きこもっているよ』って」
「そんな……」
「私には娘の姿が見えない。話すこともできない。結局、助けてあげられない……。でも暗闇を作っておけば、あの子はずっとここにいてくれるんじゃないかと思ってしまった。愚かですよね」
僕は、何も言えなかった。
「でも、それじゃダメだと、娘を今度こそ救いたいと願い、住居スペースを改装して、このイベントを開いたんです。私は無理でも、誰かが娘に気づいてくれるのではないかと、娘の声を聞いて、光の中へ連れ出してくれるのではないかと思って……。結局、他力本願ですね。父親失格です」
僕は咄嗟に、首を横に振った。
「娘さん、外へ出たがってました。あなたと話せて、幸せそうでした。あなたのことを大好きだったはずですよ」
男性の目から涙が溢れる。彼は、僕に優しい眼差しを向けた。
「……ありがとう。あなたが出てきた時、なぜか娘の姿が見えて、触れて話すことができた。きっとあなたの力なのでしょう。あなたが娘を見つけてくれてよかった。感謝しています」
彼の笑顔を見た時、「父親の顔だな」と思った。
彼が探していた「たからもの」は、きっと彼女の……。
僕はお礼の金一封を断り、帰路に着いた。
*
青空が眩しい、夏の昼下がり。
僕は、木陰に立つ墓石の前にいた。
「ありがとう。あの時、素直に気持ちを伝えてくれて。君に会えたから、僕も変わらなきゃって勇気を出せた。君の想いを無駄にしないためにも、僕は進むよ……前へ」
少しずつで良い。進んで行こう。信じた先にしか、明るい未来は生まれないから。
「世界はきっと、変えられる」
ーーそれは、暗闇と君が教えてくれたもの。
「行ってきます」
僕は確かな足取りでゆっくりと、光の中へ踏み出していった。
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