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七緒は皐月の様子を窺いながら、目的の家に辿り着いた七緒はカードキーを差し込み中へ入った。
流石は高級マンションだ。玄関からキッチンへ続く廊下も広い。手を離せば、同時にぐるぐると足下の方から腹の音が聞こえて振り返る。
「ごめ、なさ」
七緒の視線に気が付いた皐月はお腹を押さえ、小さな声で謝った後に唇を引き結ぶ。これは恥ずかしがっているというよりは怒られると思っているようだ。
皐月には強張った体に少しも笑顔を漏らさない。年頃の子供よりずっと無口で無邪気さがまるでない。これに思い当たるのはただひとつ。
まさかあの社長から虐待を受けているのか。
ふと、七緒の頭に恐ろしい考えが過ぎる。我が社の社長は普段から愛想がない。その上、七緒には有無を言わさず子守りを命じた。彼の様子からして、まあ、たしかに考えられないこともないが、三谷が育児書を持っていた理由がわからない。本当に子供がどうでもいいのなら、そういう書物は見ないのではないか。
七緒は高慢パワハラ社長に苛立ちを覚えながら、一般家庭よりも大きな冷蔵庫を探った。しかしやはりともいうべきか、この冷蔵庫には水やビールといった飲料水以外何も入っておらず、スカスカだ。
果たして他人に子供のお守りを押しつけて家事さえもしない自分勝手極まりない社長はいったいいつ帰宅するのだろう。帰宅時間さえも訊かなかった過去の自分に対してさえもイライラする。
しかし、腹を空かせた幼子をこのまま放置しておけるわけもない。
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