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皐月には何かを食べさせなければ。――とはいえ、三谷がいつ帰宅するかも判らない。たしかこの家に来る途中、スーパーがあったのを見た。買い物に行った方が良さそうだ。
七緒は決意して玄関を見やる。ちょうど折良く玄関のドアが開く音が聞こえた。どうやら三谷が帰宅したようだ。なんというタイミングだろう。
「晩ご飯の食材を買いに行ってきます」
「何か頼べばいいじゃないか」
つっけんどんに七緒が三谷に話せば、彼はおそろしく適当なことを言ってのけた。
子供の成長は6歳までに決まるといわれているほど大切なことだ。店屋物なんてとんでもない話だ。
七緒は怒りを通り越して浅はかな知識しかもたない無責任な父親に呆れた。三谷にひと睨みすると無言のまま玄関へと向かう。すると小さな手が伸びてきて、七緒のワイシャツを掴んだ。
何事かと見下ろせば、大きな目がこちらを見上げている。
「あ、の……」
「一緒に行く?」
七緒はしゃがみ込み、皐月と同じ目線になって尋ねると、皐月は大きな目をさらに大きく開いた。ほんの少し明るい表情が浮き出る。その表情はあどけない可愛らしいものだった。しかしそれもすぐに消え、顔をくもらせてしまう。俯いてしまう。
やっと子供らしい表情が見られたのに残念で仕方ない。
「じゃあ行こうか」
七緒は、皐月の喜ぶ顔をもっと見たいと思った。怒っていないということを伝えたくて、できるだけ優しい声音で話しかけると、皐月はこくん、と大きく頷いてくれた。だが残念なことに、先ほど見せたあの可愛らしい顔には出会えなかった。
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