青すぎた春、君と最後のデートをした。

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 水筒を洗っているときに、元カノと一緒に作った銀行口座の存在を唐突に思い出した。  遠距離、というほど離れてはなかったけれど違う大学に通っていた俺たちは、いつかの同棲のために貯金をすることにした。それぞれ毎月三千円、口座に振り込む約束だった。  いつもペットボトルのジュースを買っていた俺も、少しでも節約しようとマイボトルを使い始めた。別れた後でもその習慣が残っていたことに、今気づいた。  どうしよう。およそ一年貯めていたから、一人三万六千円、二人で七万二千円。連絡がないということは、彼女も忘れているのか……いや、流石にこの額の金を自分の懐にしれっとしまうのは人として良くないだろ。気乗りしないけれど、仕方ない。彼女のLINEを無意識にお気に入り欄から探していて、そういえば別れてしばらくしてお気に入りから外したんだったと思いだした。  『久しぶり。ずっと忘れていたんだけど、二人で作った口座、どうしよう』  三十分くらい悩んで送った、結局必要最低限の文章に既読がついたのは二分後だった。気になってトーク開きっぱなしでずっとそわそわしていたとか、知られたくない。  『久しぶり、いくら貯まってる?』  ごくごく普通の返事なのに、どきどきした。付き合い始めて数週間の、中身のない会話でもわくわくしていたあの頃に似ていると思った。  『七万ちょっと』  『マジかそんなに貯まってたんだ』  『それな。半分返したいんだけど、どうしよう』  『そのお金で、二人で最後旅行しない?』  は?  想定外な切り返しだった。一緒に旅行? これはまさか、復縁希望なのか……? いやでも折角貯めた金を使いたがっているし、「最後の旅行」って言っているし、その線はないのか?  でも気がついたら『いいよ』って俺はメッセージを送ってるし、出かけ先は彼女の希望で鎌倉に決まっていた。『楽しみだね』なんて、付き合っていたときのデート前日と同じこと、今は言わないでくれよ。  ゴールデンウイーク、鎌倉日帰り旅行。『俺も超楽しみ』と送りそうになって、一旦心を落ち着かせた後に衝動的に打った六文字を丁寧に消した。
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