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頭のどこかでは理解しているのに、認めることを全身が拒否していた。
今の音は、なんだ。何の予備動作もなく、人体のナカから、聴こえていい音じゃない。
「ッは、」
「っ、わたり、さ…」
「ぁ゛、……ん゛ ッぐ…」
嫌な音がする。今は宮古の腕の中、抱きしめている肉体のナカ、破壊され、押し潰され、ぐちゃぐちゃに作り変えられるような、身の毛もよだつ音。ドクドクと喚き立てる心音は、果たして自分か、渡のものか。
「渡さんっ……だい、じょ、」
部屋の壁を踊る影が見えた。
宮古の影はただずっと立ち尽くしたまま、そのかたちも大きさも特に変わりはない。
すぐ隣の、渡の影はどうだ。
(……!)
ぎゅ、と固く目を閉じた。
全身から立ち上がった鳥肌と悪寒を抑え込むように、抱き締める力をさらに強める。渡のナイトウェアをぎゅうと握り閉めた。
視界を閉ざせば、聴こえてくるのは雨と雷と風と、壊される肉体の音、そして耳元で聴こえる渡の荒い息遣い。痛いはずだ。苦しいはずだ。本当はのたうち回りたいはずだ。
目の前にこれほど苦しんでいるひとがいて、けれど宮古はどうすることもできない。癒すことも、身代わりになることもできない。
ただそれが悔しくて、悲しかった。
「渡ッ、さん…っ!」
「っ゛……」
「痛いなら、俺にしがみついてて、いい、よ」
「……、〜っ」
「いいよ」
せめてその痛みを、ほんの少しでも分け与えてくれれば。
目の前にいて何もしてやれないことへの、せめてもの贖罪のつもりだったのかもしれない。内部から破壊されている人間の痛みと比べれば何の足しにもならない、自己満足。
それでも、こちらの骨を折らんばかりの勢いで宮古の背に回った長い腕に、宮古は自分でも理解しがたいほど、途方のない満足感が胸に流れ込んできた。肺への圧迫感に咳き込みながらも、宮古も負けじと抱き返す。
はふはふ、と宮古の耳元で呼吸を荒げる渡の身体が、ずっしりと重くのしかかってくる。すべてを宮古に委ねている。
絶対に、倒れてはいけないと思った。絶対に受け止めなければならないと、直感的に。
固く目を瞑り、足に力を入れて、呼吸すら辛くなるほどきつく抱き締め上げられながら、ただひたすら支え続ける。
腕の中のカタチと重みが、次第に変わっていく。渡の体内の臓器も骨もそのまま圧縮するかのように、小さく、そしてより軽く。柔らかい体毛が、首筋以外のところにも触れた。鋭利な爪に、がりり、と背中を掻き毟られ、出掛かった呻き声を根性でなんとか抑え込む。
抱き締めていたかたまりが宮古の体長よりもみるみる小さくなって、バランスを崩した。それでも絶対離すものかと、ベッドに背中から倒れ込む。
いつまでそうしていたことだろう。
圧迫感から開放され、一息吐いた。額に汗が滲む。
もう、渡だった身体から痛々しい音は聴こえてこない。
雨と風。ずぶぬれの白金。夜。ベッドの上。腕の中で丸まる、ふるえる小さなイノチ。
これではまるで、あの夜の再現じゃないか。
“ きゅうん、 ”
「……」
鳴き声を合図に、目を開ける。
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