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「えっとぉ……ここ最近色々ありすぎて記憶がですね…」
「いやいや処理落ちするほどの情報量でもなかったでしょ? ここ一週間分の自分の回想振り返ってみて? 先週の、月曜、夜。がっつり犬登場してるよ犬。その上番宣中の僕を見ながら『なんか似てんなあ』とまで来たらもうそれがファイナルアンサーだよ。オーディエンスもフィフティフィフティもテレフォンも使わずに賞金1000万。おめでとう」
「とりあえず景品感覚でティッシュ箱に札束ねじこむのやめてほしいッスね。ミリオネアやってるわけじゃないんだから」
「手癖が悪いもので」
「勝手によそのお家のティッシュ箱に疎開させられる諭吉の身にもなってくれません?」
「なら早くアップデートしてくれる? ここのWi-Fi環境どうなってんの? まだ繋がらない?」
「俺の脳みそを何だと思ってるの……?」
つい先日公開された例の恋愛映画『運命のひと』で登場する訳あり皇子様とは、何でも、赤い糸が見える特殊能力を持った人間らしい。
物語の肝は、運命の相手を名乗る謎の美青年と、医学部に所属するヒロインの、恋の駆け引き。
この情報の仕入れ先は、ミーハーでフットワークが軽いメンバーのひとりから得たものだ。「壁があればドンすればいいってわけじゃないよねえ〜。DV男確定ー」と、かわいい顔してなかなかの辛口レビューだったが、世の女性との評価には大きく差があった。
映画館に行ってまで恋愛映画を見ようとは思わないので、相変わらず物好きだよなあとだけコメントしておいた。
まあ、映画は見ていない。見ていないけど、多分、その映画のヒロインと、今の自分は似たような顔をしていると思う。
片や見えざる糸を辿って現れた見ず知らずの皇子。片やポメラニアンを自称する初対面の超大物俳優。
非現実的。非科学的。結論として、「何言ってんだ、このひと」。
「僕、先天性のポメガバースなんだよね」
「ぽめ」
「あ、そっちは通称のほうか。病名……といっても、症例は極端に少ないし、まだまだ解明されてない部分がほとんどだけど。獣化病、心身性異常TF疾患、スケープ・ドッグ症候群とも呼ばれてる。嘔吐中枢花被性疾患なんかと同じ、世に出回ってない奇病のひとつさ」
「ぽめ」
「そう。ウソみたいなホントのはなし。あの夜オマエが保護したポメラニアンは、発作状態の僕だったんだよ」
ベッドに座る自分の対面、テーブルを挟んだシンプルな二人がけソファ。
そこに座る、渡八千代。渡八千代。何度目をこすっても、渡八千代だった。その現実こそが、ウソみたいなホントのはなしだ。
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