764人が本棚に入れています
本棚に追加
「待って……仮に、仮にそうだとして……俺、ポメラニアン相手にいろいろ喋りかけてた気がすんだけど…」
「そこは安心して。うわ…初対面の犬に話しかけてる……うわ…寂しいやつ…うわ急に僕のこと褒め出したんだけど……なんて、これっぽっちも思わなかったから」
「恥ッッッず!!!」
両手で顔を覆い、宮古は憤死しそうになるのを耐えた。当の本人といえば「うっさ」なんて言いながらカラカラと笑っている。
賛辞なんてもの、彼はこれまで山ほど貰ってきた人間だ。猛烈に恥ずかしがってる宮古とは対極に、相手を茶化す余裕すらある。
指の隙間から窺い見る。
ダイソンの吸引力にも負けない、吸い込まれそうなキレイな紫水晶のひとみと、柔らかく揺れるしろがねの髪。窓から差し込む太陽光をバッグに、光に照らされた毛先だけが黄金色を帯びていた。
途端に、渡八千代が座るソファや背景の部屋が相対的に安っぽく見えてくる。まあ安かったのだけれど。税抜3万以下で買ったんだけど。彼から見れば、しがない一般男性の一人暮らしの部屋に見えるんだろうけど。
「そもそも、渡さん、俺のこと知ッ、知ってます? いや知らないだろうけど、」
「知ってるよ」
「ウッソ知ってんの!!!??」
期待してなかったぶん、予想以上に声が上擦った。「世界で最もハンサムな顔100」に毎年載ってる世界の渡八千代に、まさか、認知されていたとは。
あの眼がまた、じっとこちらを見下ろしている。
まだ朝方とはいえ7月、それなりの暑さを感じているはずなのに、彼のひとみからは不思議と真冬の温度がした。
「ほたる」
はく、と声を飲み込んだ。
えも言われぬ痺れが指先を走る。
聴き慣れた自分の名前が、この声に呼ばれただけで、特別な響きが付与されたかのような錯覚、とでも言おうか。
最初のコメントを投稿しよう!