1.ずぶぬれ毛玉にひまわりの傘

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 聞き間違いか。それとも彼は今異国語を発したんだろうか。マルチリンガルらしいし。ええきっとそう、そうに違いない。 「は……えぇっと? 何? パードゥン? ワンモアプリーズ?」 「1000万に+αで僕がついてくる。どう考えてもお得だろ? この見目(デザイン)で機能も充実。これには夢のジャパネットも真っ青」 「そりゃさすがのジャパネットさんだって人間を商品として取り扱ったことはないでしょ。顔面蒼白も無理ないよ」 「逆に僕の何が不満なの? 高身長・高収入・高学歴に加えて顔も良いし身体も良いし家事も出来る。3Kどころか6Kだよ6K。+αが有能過ぎる。お値段以上、ワタリ」 「別の系列出してきた」  どうしよう。日本語だけど、通じない(五・七・五)。  仕方ない。誠心誠意、断ろう。本気で言えば、引き下がるはず(五・七・五・七・七)。 「あの…………お断りします」 「だめ? どーしても?」 「軽率な上目遣いヤメテ……そりゃ、断りますよ。そもそも私たち、これが初対面では?」 「愛に時間なんて関係ないよ」 「は? 俺のこと好きだったん?」 「実は僕、ずっと前から……あ、やっぱ無理。さすがの僕でも男には告れないみたい。見て鳥肌」 「なら奇遇だ、俺も無理です。契約不成立です」  というか渡八千代、さっきからノリが良すぎるな。今さらながら平気でタメぐち叩いてたけど、不快に思うひとじゃなくて良かった。「人の子よ、そなたは我々を怒らせた」とかキメ顔で言っても許されそうな存在がリアル2.5次元のファンタジー寄りの顔なのに、これではただの気さくなお兄さんだ。  正直、話しやす過ぎるせいで、本気で拒絶しづらい空気になってることに、宮古はじわじわ焦っている。  こちらの頑なな態度をどう受け取ったのか、姿勢を崩した渡八千代は背凭れに寄りかかり、長すぎて日頃持て余してそうな足を見せつけるように組んだ。去年の連ドラ、スペシャルゲスト枠で出演してた若頭役も、確かこんな感じだった。話題になりすぎて、トレンドが渡八千代一色だった。  ピリリと、嫌な予感が背中を走る。 「ああそうですか、こんなに困ってる人間を見放すってわけですか。時代が時代なら生類憐れみの令で島に流していたところだよ」 「憐れみをかけて欲しい人間側の態度じゃないんだよなあ…」 「まあ島流しはできなくても、社会的に流すことはできるんだけど」 「ついさっきまで江戸時代の法令持ち出してた人が急に現代的なこと言い出したぞ」 「これ、なーんだ」  す、と立てられた人差し指と中指に、挟まれた一枚の写真。この時点で、胸騒ぎがした。  
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