3.その男、本職につき

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 時の流れは早いもので、10月の第一週目、最初の木曜日。  本日は『Phiz's on the radio』略してフィズラジの収録日である。  幸いにも撮影は夕方前に終わった。毎週木曜22:45から、グループがパーソナリティを務めるラジオの収録があることは事前に渡には伝えてあるので、今日の集中講座はお休みだ。  収録スタジオはスタッフ以外無人。一番乗りだったようで、手続きを行い、個室でふたりを待つ。 (渡さんの部屋に行かなくていい口実が用意されてるのは、正直、ラッキーだったな……)  今日に限らず、ここ数週間の宮古は何度か、別の都合をつけては渡のセカンドハウスへの訪問を断っている。例えばドラマの共演者とごはんだとか、事務所の先輩の家に泊まるだとか。  渡に追い出されたあの夜の一件が、まだ地味に尾を引いているのだ。  別に渡は宮古を邪険にして追い出したわけじゃない。ちゃんとした理由があって、あの日は宮古を自宅へと帰らせた。わかっている。そこはわかっているが、「図々しいのではないか」という思考が一度芽生えると、どうしても遠慮が勝る。  変な軋轢は生みたくないので、二回から三回に一度は泊まらせて貰っている。むしろ撮影のたびにお邪魔していたこれまでの方が可笑しな頻度だったのだから、少しずつ正しい距離感に修正していけばいいと思うのだ。  それまでもう少し距離と時間を置いて、相手の様子を窺う。正直、最近頭を占めていた悩みの種と離れられたおかげで前よりも気持ちが少し楽になったように思う。 「おい。ミヤ」  コンコン、と開いたままのドアを強めに叩かれ、自分の世界に没頭していた宮古は椅子からずり落ちかけた。  振り返ると、よく見知った顔。宮古を“見つけた”親友であり、世界で一番信頼できる仲間。──兼、幼なじみ。最後のは、まだ世間には言ってないけれど。 「洋介! ひさびさ!」 「久々でもねェだろ。先週も会った」  つい嬉しくて、パァァアア、とあからさまに表情を明るくすると、不審そうな顔をされてしまった。相変わらずつれない態度だ。  向かいに座り、マスクや帽子といった変装グッズを外す穂高の姿を、宮古は頬杖をついて眺めた。  フィズのリーダー・穂高洋介(ほだかようすけ)。  渡のような人外めいた美貌を「美男子」「ハンサム」とするなら、穂高は「男前」「ワイルド系イケメン」あたりだろう。  身長177でまだ伸びているらしく、ルックスやスタイルはさることながら、ダンス、歌、演技、センス、そして人間性と、まだ23(学年的には宮古の一つ上だ)にして抜群に磨き抜かれている。  
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