3.その男、本職につき

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 穂高はうちの事務所の、所謂「秘蔵っ子」というやつだ。社長は穂高の実父で、中学の頃からレッスンやオーディションなどを受けて、高校は芸能科を卒業した、宮古とは違うエリート。  芸能界に慣れないうちは何かしらあればいつも穂高に相談していたので、穂高の顔を見れば安心する習性がしっかり根付いてしまった。 「洋介のドラマ、明日からだなー。もちろん録画してっし、帰宅間に合えばリアタイもすっから!」 「録画で十分だろ」 「や、どっちも見たい。トワくんも見るって」 「……お前ら仲良いな」  ふ、と柔らかく笑う穂高の表情を見てこっちまでニコニコしていたら、真顔に戻った穂高にじっと顔を見つめられ、今度は困惑する。 「なに? 俺、寝癖でも付いてる?」 「この時間帯にもなって寝癖なんぞ付いてたら朝5時にモーニングコールしてやる」 「いやそれは勘弁。寝かせて」 「お前明日何時から仕事?」 「朝10時」 「じゃあ、俺ン家泊まれ」 「洋介のとこ? 別にいいけど…」  なんとも急なお誘いである。  といっても困ることは何もない。穂高のマンションには宮古の下着やスエットなどを置いたままにしているし、出勤時の服は穂高から借りればいい。しかしあまりにも急な誘いだ。一人酒は寂しいという性格でもあるまいに。 「えっと、飲む?」 「馬鹿、明日も仕事だろ。酔わせらんねーよ」 「ですよねー」 「なになに飲むの? 俺も混ぜてー」 「お、トワくん」 「ちげーよ西領。宮古が勝手に言ってるだけだ」  スタジオにやってきた西領がするりと会話に溶け込んできて、しばしの雑談。時間を見計らい、収録を開始する。  アイコンタクトを交わし、西領が軽く息を吸った。 『ラジオをお聴きのみなさんこんばんはー。10月4日木曜日、フィズラジのお時間がやってまいりましたー。パーソナリティを勤めますのは俺こと西領トワと、その他約二名でーす』 『コラコラ』 『その他扱いやめろ』 『改めましてー』 『『『フィズです』』』  三分程度のオープニングトークに始まり、メンバーオススメのナンバーなどを流し、各々の最近の出来事やファンからの質問などに答える。週に一回、三十分程度の短い仕事だが、これが唯一コンスタントに続くグループ活動なので、ここにいる全員にとって大切な仕事だった。  おたよりのコーナーでは、明日から始まる穂高の医療ドラマ関連のメールが多かった。番組宣伝での活躍も絶好調で、ドラマが軌道に乗りさえすれば穂高の名前が売れるのもきっと遠い未来ではないだろう。  寄せられたおたよりの中のひとつに、回答に悩む質問があった。  いつもより重めの実体験と、切実なる問いかけ。  『不治の病と宣告された大事なひとに、どう向き合えばいいか』。  それに対する穂高の回答は、その人柄通り誠実で、力強かった。医療に携わる役柄を通して、あるいは穂高自身の実体験(・・・)から、普段当たり前のように生きていると忘れてしまいがちなことを、彼なりに熟考しているのがよく窺えた。  一方の西領は、重くなりそうなテーマを和ませてラジオの雰囲気を調整しつつ、しかし決して質問者を傷つけないフォローまで秀逸だった。  二人と違って上手く答えられなかった宮古に、あんまり思い悩むなと肩を軽く叩いたのは穂高だ。  演技もそうだが、トークもまだまだ課題だらけだと、ひっそり溜め息を吐いた。  
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