3.その男、本職につき

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「お邪魔しまあす」 「散らかってっからな」 「いつものことじゃん。イテッ」  一応挨拶はするもののすっかり自宅に帰るときと同じ気分で、穂高のマンションへと上がり込む。  時刻はとっくにてっぺんを回った。夕食もシャワーもラジオ収録の前に済ませているので、飲まないならやることと言えばもう寝るだけだ。  着ていた服をその場で脱いで、置いたままのスエットに着替える。そして穂高のベッドに転がった。長い付き合いだ。相互に遠慮は無い。  一度、来客用の布団くらい買えと進めたこともあるのだが、収納スペースを潰したくないと言われ却下されている。ソファは疲れが取れないからとベッドを明け渡されて、じゃあ一緒に寝ようと宮古が言った日から、どちらの家であろうとも、二人のあいだでベッドは共有するものとの認識になっている。 「テメェ壁側とりやがって」 「こういうのは早い者勝ちですぞ」 「電気、消すぜ」 「んー」  照明が落とされても、カーテンの向こうは煌々としており、自動車や人の声がする。穂高のマンションで過ごす夜は完全な暗闇にも完全な無音にも縁がない。  渡のマンションとは違うなと思った。あそこは階層が高すぎて、見下ろさなければ明かりはさほど見えないし、地上の音は届かない。  別に、比較したからといって何かあるというわけではないけれど。  穂高が隣に寝転がる。一人用のベッドなのでそこまで広くもなく、体は自然と密着する。身を寄せ合って眠ると、不思議と安心できた。 「…なあ、ミヤ」 「うん?」 「答えたくねェなら別にいいけど」 「答えてほしくて部屋呼んだんじゃねーの?」 「あー……。ドラマの件。親父さんたちには報告したのか」  穂高は小学生の間、宮古が住む海が綺麗な町で過ごした。学年はひとつ違うが家が真向かいで、穂高の祖父母と宮古家は家族ぐるみで交流があった。  穂高が中学に上がる直前、穂高の祖父母が他界して、穂高は東京にいる実の両親に引き取られるかたちで離れ離れとなった。  葬式で遠目から見た穂高の横顔が、あの町で見た最後の姿だった。  サヨナラすら言えないまま穂高は突然町から消えてしまい、当時11歳で携帯を持っていなかった宮古には、それ以降連絡する手段もなく。しかし宮古が上京した数ヶ月後、奇跡的な再会を果たす。  西領は穂高と宮古が幼なじみであると知っているけれど、ファンにはまだ黙っている。理由は色々あるが、中でも大きなものとして、ふたりがかつて過ごした地元のことを必要以上に詮索されたくなかったからだ。  
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