3.その男、本職につき

38/58
前へ
/97ページ
次へ
*  そして先日、とうとう、『イン・ザ・トイボックス』───視聴者からは略して『トイボ』と親しみを込めて呼ばれている───がオンエアされた。  初回放送日は1時間も前から自宅に待機して、テレビの前で正座して見守ったものだ。第一週目の宮古の登場シーンはほとんど顔が映らないので、気持ちとしてはまだ気楽だったのが救いだった。  とは言いつつも、いつも眺めている40型テレビに映る自分の姿には、心の底から震えたものだ。  そしてやはり案の定というか、SNSは渡八千代が話題を掻っ攫っていた。第一話のラスト、僅か15秒ほど、しかもほぼシルエットの登場にも関わらず、である。やはり真打ちの白衣姿は強い。  それは放送開始前日に投下された写真の影響も大きい。  あの日渡たちの写真を撮った宣伝部はどうやら他のキャスト陣にも協力を要請したようで、ドラマ放送開始前日までカウントダウン形式でキャストの写真数枚をドラマ公式アカウントで次々と公開していった。  カウントダウン初日が主人公組の写真で、最後に白衣姿の渡八千代(と宮古の頭部)。大トリに渡を使うあたり、「わかっている」と思う。 (そして今夜、ついに第二話…!)  二話からはちゃんと宮古にも台詞がある。  といっても宮古扮する「アンドロイド1号」は渡八千代扮する「科学者」からの命令に何度か相槌を打つだけで、メインは舞台女優・高遠ナオミ扮する「魔女」と「科学者」ベテラン二人の応酬。  渡と高遠は過去にも共演経験があり、ついでに言えば当時は熱愛報道まで出ていた。真実はさておき、SNSでは宮古など空気扱いに違いない。  エゴサーチはもうしないとあの日心に決めたので、あと気になるのはメンバーや事務所の先輩たちの反応だ。  展開は把握しているしカメラチェックもすでに何度もしたので今更二話の放送内容が記憶と(たが)うことはないとわかっているけれど、逸る気持ちは抑えられない。  ドラマ初出演の宮古にとって、オンエアに伴う不安も緊張も喜びも、これがはじめましての経験なのだ。  できることなら奮発して好物のお寿司とお酒でも買って、2時間前には自宅で待機したかった。  するつもりだった、のだけれど。 「んー……こぉーれは、どうやら止みそうにないねー……」 「ダイヤも乱れてきましたし、渋滞も考えられます。日帰りは厳しいでしょう」 「明日のスケジュールを考えれば、泊まった方が賢明だね」  へくち、と後ろの方で誰かがくしゃみをした。  ロケバスの窓をざんざか叩く雨量は増すばかりで、腕を組み外の様子を眺める監督とディレクターの表情は曇っている。暗い空から轟く雷鳴と共に、宮古の腹もくきゅるると鳴った。隣のシートに座る渡がそっとソイジョイを忍ばせてくれた。神だと思った。  現在、夜の7時30分である。  今から帰っても第二話の放送時間に間に合わないどころか、今日中に自宅に帰れるかどうかすら難しい悪天候であった。  
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

764人が本棚に入れています
本棚に追加