3.その男、本職につき

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 今回のロケ地は都心から離れた山麓にある廃工場だった。本来なら数年前には取り壊される予定だったらしいが、今ではレンタルスタジオと化している。  工場が潰れたのは原料の生産中止が理由らしいので曰く付きとかではないものの、鬱蒼とした森との相乗効果で物々しい雰囲気が漂っており、小町や若い女性スタッフはちょっと怖がっていた。  本日撮ったのは物語に登場する廃研究所に主人公たちが忍び込み、「科学者」の研究を目の当たりにするシーン。  都市の隠された真実に直面した主人公たちの絶望と、無知を蔑む「闇陣営」の者々。作品の昏い世界観に触れ価値観が塗り替えられる、心情の動きが目まぐるしい舞台。天気は「主人公」らの心情を代弁するに相応しい曇天。  撮影は途中まで順調だった。  小雨が降り出した段階でも、まだカメラは動いていた。  遠くの空で稲妻が走る頃、急遽ロケバスに避難との指示が下された。  外的要因によるアクシデントも初体験の宮古は、バタバタと動く周りの人間を不安げに見守ることしか出来なかった。  全員が支給された大きなバスタオルに身を包みながら、車内待機するキャスト陣やスタッフへ、ついさっきまで監督と話し込んでいたディレクターが声を張る。 「予報によればこれからさらに天候が崩れるそうなので、今日は近場のビジネスホテルに宿泊となります。食事は用意致しますが、ほかに必要なものがあれば遠慮なくスタッフにお伝えください」  といった指示が出た直後、周囲はテキパキと動き出した。スタッフらはロケバスに運び込まれた機材の点検・片付けや交通状況の確認、ホテルとの連絡や食事の手配など、迅速な対応がなされた。  キャスト陣の多くは携帯でどこかに電話をかけている。家族やマネージャーあたりに現状の説明でもしているのだろう。  宮古の隣、窓際のシートに座る渡も、ほかの皆と同じように携帯を片手に持っていた。しかし一向に電話する気配もメッセージをうつ気配も無く、暗いディスプレイをただ眺めているだけだ。  頭からかぶさったバスタオルが邪魔をして、その表情はわからない。  けれど宮古は知っていた。  宮古がソイジョイを咀嚼している最中、懐からこっそり取り出した白い錠剤を飲み込んだ渡を。  雷の轟音に紛れるように、こんこん、と小さく咳き込んだことを、隣に座る宮古だけが知っていた。  雨雲の内側を移動する雷のように、宮古の身体にも何かが内部で蠢くような不快感があった。胸騒ぎを覚えていた。  
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