3.その男、本職につき

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 目的地のホテルは現場からほど近いところにあった。  スタッフはまずいの一番に渡にシングルルームを勧め、それから男女に別れてペアを組み、それぞれツインルームに割り振られた。  宮古は青八木と同じ部屋に泊まることとなった。 「シャワー、先いいよ」 「え、でも、」 「いいからいいから」  ロケバスを降りる頃にはすでに震えるほど身体を冷やしていた青八木へ、先に温まるようにと勧めた。  主人公役の青八木こそ一番疲れているはずなのに、宮古の申し出に申し訳なさそうな顔をするあたり、人柄だなあと関心する。  シャワーが空くまで待つ間に先に食事を済ませようと、手配してもらったビニール袋の中からコンビニのおにぎりふたつとペットボトルの緑茶を取り出した。  おにぎりを包むフィルムをぺりぺり剥がしていたところで、コンコン、と部屋をノックする音。宮古は覗き穴で相手を確認した後、部屋のドアを開けた。 「よ。おつかれ宮古クン」 「(きし)か。どうかした?」 「メシ一緒に食うてもええ? 友枝さんには許可もろてる」  訪問者は、共演者であり同年代の岸だった。  撮影現場でもすでに何度か顔を合わせており、お互いの役柄上、岸とは緊迫したカットも多いので、その反動なのか気も合う。  岸の片手にはコンビニ弁当が入った袋が揺れていた。彼はどうやら一回り以上年上かつベテラン俳優の友枝と同じ部屋に割り振られたらしい。厳格そうな面立ちとはかけ離れた良いひとではあるのだが、きっと宮古が岸の立場でも友枝と同室は気詰まりした。 「何食うてんの」 「おにぎり食うてる」 「もっと腹にたまるモン食えや。宮古クンのこといつかぽっきり折りそうでおっかないわ」 「そういう岸は?」 「プーローテーイーンー」 「攻め過ぎだよ岸えもーん」  某ドラ焼き中毒型ロボットのダミ声にこちらも駄メガネ小僧の声真似で応戦しながら、迷わず部屋へと招き入れた。  岸は現役の空手家で、演技はからっきしらしいが格闘家らしい立ち振る舞いと抜群の肉体センスで、「味方サイド」の警察組織に与する「半分人造人間」を演じる。敵対する「アンドロイド1号」に致命傷を与える役柄でもあり、向こうは半分とはいえ同じロボット役同士、通ずるものがあった。  宮古も岸も人見知りしないたちで、年齢も近く、その上本業は役者ではないという点で同調できるところがあり、短期間ながらすっかり意気投合したのだ。  宮古にとって演技の先生は渡だが、撮影の近接戦闘シーンで本格的な身体の使い方となると、実地で教えてくれる岸がコーチのような存在である。  
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