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机に弁当を並べ(さすがにプロテインは冗談だったようで、普通の幕内だった)、しばらく雑談しながら食べていると、ユニットバスへ繋がる扉が開いた。ホテル備え付けのナイトウェアに身を包んだ青八木が、シャワーを終えて出てきたのだ。宮古に気を使ったのか、まだ10分も経っていない。
「お待たせ、宮古。……あれ、岸?」
「お邪魔しとるでー青八木クン」
「じゃ俺もコレ食い終わったら入るー。あ、岸は?」
「俺もう部屋で浴びた。爆速やったで」
「短髪だと楽そうだよなー」
おにぎり二個を胃に収め、宮古も着替えを片手にユニットバスへ入った。先に青八木が使ったおかげで浴室内はほかほかと温められており、熱気がじわりと肌に侵食した。自分の丈夫な身体ですらだいぶ冷え込んでいたことを今更ながら自覚する。
野外での撮影で、天候は切っても切り離せない。酷暑も辛かったが、降り注ぐ雨は寒暖とはまた別の辛さがあった。ある程度乾いたとはいえ、べったり張り付いた衣服の感覚は快適なものじゃない。キャストもスタッフも漏れなく全員、今日は疲弊していることだろう。
(ーーー渡さん、大丈夫かな。)
ふと、バスタオルで隠されたあの青白い横顔が脳裏に降りてきて、慌てて振り払った。
相手はこの業界で何十年先輩だと思っている。この程度のイレギュラーなら、渡は何度も経験しているはずだ。どうせ杞憂だ。ひとの心配をする余裕があるなら、まずは自分のコンディションを整えることを第一としなければ。
できることなら湯に浸かりたいところだが、こちらに気を遣って早く済ませてくれた青八木に倣って、宮古もなるべく早く頭髪や身体を洗い、手早くシャワーを済ませた。
いつもはふわふわと柔らかく仕上げている宮古の髪はぺっしょりと力を無くし、それを見た岸には「いつも以上に子供っぽい」と笑われ、ちょっと拗ねた。
とりとめのないことを話しながら、ドライヤーを準備し、髪を丁寧にブローする。面倒でもきちんとやっておかないと、癖がつきやすいこの髪質では翌朝の仕上がりに影響を及ぼすのだ。
揉み上げの生え際に混じり始めた地毛の黒。撮影が終わるまでこのカラーリングを維持するとして、ドラマが終わったら、今度は別の色にするのもいい。黒なら今ほど子供っぽくならないし、久々に金髪でもいいかもしれない。
金髪の自分を頭に思い描いた途端、自分の隣でぽたぽたと水滴を落としていた極上のプラチナブロンドをまた思い出してしまって、内心項垂れた。
考えたくないのに、考えている。
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