3.その男、本職につき

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 穂高から『お前にその笑い方されると、怒ってるこっちが馬鹿馬鹿しくなってくる』との定評があるヘラリとした顔で笑いかけると、少し言葉を詰まらせた岸は、削がれたように息を吐いた。  やり切れなさを誤魔化すように、短く整えられた髪をがりがりと掻き毟る。 「……すまん。撮影が押して、気が立っとった」 「プロテイン飲めば?」 「ええわ、頭ならもう冷えた。宮古クンは渡八千代と仲ええし、そら良い気せんよな。忘れてくれ。あ、そういえば、今日の撮影でのことなんやけどーーー…」  あっさりと別の話題に移す岸に、宮古も乗る。  青八木だけは二人の切り替えの早さに上手く対応しきれず、聞き役に徹していた。  岸からは、数秒でも自分で作ってしまった悪い空気を払拭しようとしている懸命さが伝わってきて、青八木が喋らない分、宮古が岸の雑談に付き合った。 (まあ、アレが岸の本音に変わりはないんだろうけど)  宮古と渡が『仲良く』しているからこの場でそれ以上言うのは控えただけであって、岸の価値観そのものは不動のままだろう。  誰とでも仲良く、が一番良い交友関係だったとしても、世の中そう上手くはいかない。  宮古だって渡とプライベートでの交流がなければ、この時点で岸と同じような印象を抱いていたかもしれない。そもそも渡との接点が無ければ、このドラマに出演者として呼ばれること自体まずありえなかったのだけれど。  時刻は間もなく夜の9時を回り、岸はすぐさま部屋に戻った。滞在時間も30分程度で、明日も仕事だと弁えた配慮だ。  今日も一日頑張った身体は、休息を求めている。時刻は早いがもう寝てしまおうかと、宮古と青八木の意見が一致し、早々に部屋の明かりが落とされた。  それぞれのベッドに入り、身動ぎも止まる。  雨足はさらに酷くなっていた。 「……宮古」 「んー?」 「君って、すごいよな」 「うん?」 「……いいや。何でもないよ」  何でもない、なんて声色でもなかったが、本人がそう言うなら、宮古は深追いする気はなかった。  厳密に言えば、青八木には悪いが、今の宮古は深追いするどころではなかった。別の人間のことで嫌でも頭が占められていたからだ。  ーーー渡さんが、一人部屋を勧められて断らなかった理由は。  簡単だ。渡八千代だからだ。断るわけがない。宮古だってもし一人部屋を勧められたなら、それを受け入れても“非常識”と周囲に睨まれないほどの地位がこの身にあるのなら、ありがたく一人部屋を使わせてもらった。  解決だ。理由なんてわざわざ考えなくても簡単にアンサーは出る。だからもう、何も考えなくていいじゃないか。雨がうるさい。雨が。 『……ねえ、この役って、ほんとに俺じゃないとだめなの』 『だめだよ』  雨音はさらに酷くなっている。  
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