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せめて少しでも、渡が苦しくないように。
子供は風の子を地で行く宮古は体調を著しく崩した経験があまり無い。
目についたのは、シングルベッドのサイドテーブルの上に置かれたケースと、小さな錠剤が並んだシート。そのうちの二粒が減っている。よかった、ちゃんと飲んでいる。
「これが、発作を抑えるクスリですか?」
「違う。市販の風邪薬。ロケバスで飲んだやつ」
「ッそっち!? ポメ…、っガ用のクスリはちゃんと飲んだんですか!?」
「ポメガバースな。抑制剤は飲まない」
安心したのも束の間、以前はぐらかされたクスリを飲んだわけではないという発言に、思わず声がひっくり返る。
じゃあどうしてそんなに落ち着いているのだ。宮古の方がよっぽど動転している。
「人間でも、複数の薬剤の同時服用はモノによっては良くないだろ。人体のままならどうにかなったとしても、犬の身体ならどんな副作用引き起こすかわからないし、抑制剤の効果は完全には信用できない。なら、風邪こじらせて発作継続時間を長引かせるより、ある程度回復してから犬になった方がマシ」
宮古が意味を噛み砕く前に、ぽす、と肩に渡の頭が乗った。柔らかな髪の感触が首筋を撫でる。柔軟剤か香水か髪か地肌か、鼻腔をくすぐる香りが、いつもより濃い。
頭が真っ白になる。
てのひらだけでなく、渡の全身は発火したように熱かった。こんなに熱いのに、本人はこれが風邪の症状ではないのだと言う。
渡は決して落ち着いていたわけではない。諦めていたのだ。宮古を部屋に入れる前から、すでに、こうなることを。
「渡さっ……博士、ちょ、博士! しっかり!」
「博士じゃねーし。あー、も、オマエって、馬鹿すぎて……気ィ、抜けるわ…」
気が抜けた、と言ったとおり、渡の体重が宮古に預けられた。反射的に背中に腕を回し、その身体が倒れないようになんとか支える。
実際手をまわして初めて知る、厚みのある引き締まった上半身。宮古と同じナイトウェアに包まれたそれは、間違いなく人間の肉体だ。
展開についていけず、明かりが落ちた天井の照明を、宮古はただ見上げることしかできなかった。
「明日の朝までに、僕がヒトに戻らなかったら……僕のアドレス帳の、加賀屋ってヤツに事情説明して。迎えに来てくれるはずだから」
「カガヤさん?」
「そ。僕の、主治医」
「渡さんの」
「……だから、オマエ。絶対、朝まで逃げんじゃねーぞ」
「え」
コキコキ、ぱきリ。
ひゅ、と息を飲んだ。
同時に、血の気が引いた。
出掛かった悲鳴を、咄嗟に喉に力を入れて止めた。
なんだ。
──なんだ、今の、音は。
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