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「……わたりさんって、俺が、そういうことを考えるような、恩知らずだって、思ってんの? すげー、心外、なんだけど」
やるせなさが膨らんで、言葉も上手く紡げない。
先程はこちらの背骨を折らんばかりの勢いで宮古を頼ってくれたというのに、この後に及んで、まだ「信用」されていないとは。
警戒心が高いにも程がある。
それについては、こうでなければこの世界では生きていけなかったのだと、言い換えることもできた。
渡八千代の芸能界入りは僅か一歳。以前、ポメガバースは先天性だと言っていた。
宮古が幼い頃からメディアで彼の活躍を目にしてきた数年、数十年ものあいだ、彼は一体どれだけのものを抱え込んできたのだろう。
そして、この苦痛、その苦悩に、どれだけの他人が寄り添ってやれたのだろう。
「そんなことは、思ってないけど」
「そう。なら、よかった」
「はじめて会ったときから。オマエが見知らぬポメラニアンに僕のことを、何の嫉みも卑屈もなく褒めてくれたあの日から、オマエが“そんなことを思わない”人間だって、解ってたけど」
「、そのはなし、ハズいから、やめてくれます?」
「オマエなんで、泣いてるの」
「ないてない、し」
「……そっか」
本当に泣きたいのは、本当に泣きたかったのは、自分ではない。
痛いのも辛いのも渡だ。
同情の涙など、流してやるものか。
宮古よりずっとずっと過酷なハンディキャップを持って生まれながら、芸能界という名の戦場で、この厳しい世界の最前線で、宮古が生まれるよりもずっと前から戦ってきた強いひと。誰よりも強く誇り高いひと。
憐れみたくはなかった。
可哀想だとか、気の毒だとか、そんなありふれた安っぽい言葉で、渡の境遇を片付けたくはなかった。
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