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もしも自分の目の前に泣いている女の子がいたら、黙ってハンカチを差し出して背を向ける優しい男になろうと、宮古は心に誓った。
間違っても、「泣いてない」「そっか」というやり取り直後に相手の泣き顔を確認して、さらには隠そうとする腕を拘束するような極悪非道な男にだけは、絶対にならないようにしよう。
決意を固める宮古をよそに、ハ、と微かに、呼気ほどちいさく、渡が笑ったような気がした。
「ねえ。知ってのとおり、僕はワルイ男だけれど」
「……知ってますけど?」
「知ってて見放せないオマエの良心を、利用してもいい?」
背けていた視線だけ、そっと渡に戻す。
渡はただまっすぐ、宮古を見ていた。おちょくるような態度はもうすでに何処にもない。
ワルイ男どころか、まるでひとの隙に付け込み惑わせる悪魔のようなことを言うくせに、けれど切に訴える宝玉のひとみが、宮古ひとりだけに向けられている。
「僕が呼んだら、可能な限りでいいから。遅くとも24時間以内には、僕のところに来て」
良心を利用するなどと悪徳交渉ばりの前置きをしておいて、蓋を開ければなんてささやかな願いだろう。
ワルイ男と言えば、確かにワルイ男である。
これすら計算のうちだったとしたら、一体どうしてくれようか。宮古はもう白旗を振るしかない。拒絶できる気がしない。
求められれば求められるほど、応えたい。その想いは、宮古の職業病ともリンクする。
「わかった。ポメりそうなときは、すぐ呼んで」
「……ポメりそうって何。ちょっとカワイく略すなし」
拗ねた顔つきに変わった渡を見て、宮古は思わず笑ってしまった。
しおれていたかと思えば、急に強気になって。大人の余裕を見せつけてきたかと思えば、年下相手に殊勝なお願いなんかして、しまいには拗ねて。
ころころ変わる豊かな表情。
くるくるとよく回る口車。
こんなに人間らしくて、何が、「ばけもの」。
「……ほんと、馬鹿だね、オマエ」
渡の長い指先が、仕方なさそうに宮古の目尻を拭った。
さっきまで宮古を裕に拘束していたとは思えないほど、繊細で、優しい手つき。
午前2時30分。
雨風止んで、草木も眠る。ただ健やかに朝を待つ。
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