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空が白み始める頃、宮古は覚醒と同時に起き上がった。
昨日の雷雨が嘘だったように、小鳥の囀りまで聴こえてくる晴れやかな朝。
自分がいつ寝たのか、記憶にない。
「おはよ」
むに、と頬に何かを押し付けられて、反射で受け取る。半分以上減ったスポーツドリンクのペットボトルだ。確かに宮古が昨日の夜、購入したもの。飲みかけではあったが、嵩はだいぶ減っていた。
差出人を見上げる。
カーテン越しに差し込む朝日に照らされながら、ベッドサイドに立つ渡は、やはり一枚の絵画のように美しかった。一体何時に起きたのか、身嗜みは完璧に整えられ、昨晩の気配はどこにもない。
ペットボトルを受け取り、ひとくち含む。
そもそも今は、何時なのか。
いやその前に、大事なことを忘れているような。
「……っあ! やべ、部屋戻んなきゃ…!」
「──ってオマエが焦ると思って、ホテル側にはすでに話は通してある。本来シングル予定の僕の部屋に結果として泊まったことも、青八木くんとこ抜け出したことも、黙認してくれるってさ」
「へ……っ」
「602号室……もともとオマエが泊まる予定だったルームキーのスペアも預かってる。チェックアウトの時にこっそりフロントに返してくれたらいいんだって」
「わかりまし……あ、でも、青八木にバレてたらどう事情を説明すれば…」
「携帯に連絡はあった?」
「連絡………は、まだ、ない……」
「じゃあまだ寝てんだろうね。まあでも時間の問題だから、早いとこ戻った方がいいかも」
渡が持つアクリル棒の先でぷらぷらと揺れるのは、昨夜ホテルに入るときにも見たルームキーだった。
アリバイ工作の根回しが早すぎて、有り難がるより先に恐怖が勝った。
助かるけども、とんでもない男である。
「あ、そういえば今更なんですけど、風邪の方はもう大丈夫なんですか?」
「本当に今更だね。ヒトに戻った時点で完全に治癒できてるよ。もともと自己再生能力に関しては、人間体より秀でているからね」
「へえー…。どっちにせよ、もう身体辛くないなら良かった」
ポメガバースの症状はやはりよく分からないが、とりあえず今の渡が大丈夫だと言うなら、宮古としてはもう何の問題もない。
ルームキーを受け取ると、渡はもうひとつ、ポケットから取り出したモノを宮古に差し出した。
意図が読めず、眉根を寄せる。
「……なんスか、ソレ」
「今手持ちの現金あんまないから、ここから好きなだけ引き出して」
「は?」
自分でも驚くほど低い声が出た。
渡の手にあるのは、黒いカードだった。つまるところ、昨晩の、「添い寝」代。
どちらかというと気が長い方の宮古でも、さすがに怒りそうになった。
何度だって言ってやりたい。この後に及んで、この男。
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