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「いや、毎回毎回言ってると思うけど、お金は受け取れないってば」
「…なら、」
「勿論ドブ川にも東京湾にも富士の樹海にも捨てちゃだめ。それやるくらいならユニセフに募金でもして。諭吉に世界を救わせてやって」
「……」
「お邪魔しました。じゃあ、また後で」
カードを避けて、ベッドから立ち上がった。
携帯の時刻を確認。5時50分。新聞配達のアルバイト経験が功を奏して、夜更かししても早起きできる習慣が根付いていたようだ。
これまでの「添い寝」と違って、今晩は渡といつもより密着して寝たせいか、寝汗も掻いた。鏡はまだ見ていないが、髪だってきっと寝癖だらけだろう。
ホテルの廊下とはいえ寝間着に寝起きのままの状態で出歩くのも一芸能人としてどうかと思うので、先に青八木がいる客室に戻って身嗜みを整えたい。
それに、青八木がいつ宮古の不在に気づいて鬼電がかかってくるかもわからないのだ。あまりぐずぐずはしていられない。
もし万が一起きていて宮古のベッドがも抜けの殻だと知れていたとしたら、アリバイ工作員として手元のペットボトル君を有効活用することにしよう。早く目覚めすぎて、喉が渇いたから飲み物を買いに行って、しばらく時間を潰していた。言い訳は完璧である。
嘘を吐くのは忍びないが、正直に渡の部屋に行っていたとは、とても言えない。
そうと決まれば早く戻らなければ。
渡に一礼して、ドアノブへと手をかけた。
「ほたる」
いつかと同じように、はくりと声を飲み込んだ。
聴き慣れた自分の名をこの声にただ呼ばれただけで、こんなにも指先が痺れる。
渡のこれは、天性の才だ。
他者を惹きつけて止まない求心力。何物にも埋もれぬ存在感。故に。呼び止める声に、逆らえない。
「な、に。渡さん。俺、忘れ物でもした?」
「八千代でいい」
「へっ」
「手、出して。忘れ物」
「……お金なら、受け取らな、うわっ」
問答無用で無理やり手に握らされたのは、同じカードはカードでも、黒ではなく、美しいプラチナ。
裏と表とひっくり返した。
右下に暗号のようなスペルが並んでいる。
「まさかコレも受け取れないって? 贅沢なやつにも程があ、」
「あの、これ」
「…暗証番号はあとで携帯に送る。エントランスと僕の部屋の玄関とで2種あるから、間違えんなよ。そのカードキーは僕のフロア直通のエレベーター用だから、使い方は今度教える」
「……」
「呼んだら来てって、言ったろ」
手のひらに乗る長方形のカードをまじまじと見下ろした。朝日に照らされきらきらと光を反射するそれは、渡の髪色によく似ていた。
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