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煉獄編 2
私たちはフリートークが苦手だったのである。繰りに繰ったネタを披露すれ
ばピカイチだが、テレビなんかに出ると全く精彩がない。最近では構成作家の
台本が微に入り細をうがつぐらいに出来上がっていて、それこそ一言一句喋る
台詞が決まっているとはいえ、やはりアドリブの余地は大いに残されている。
すぐに声がかからなくなり、仕事は徐々に舞台のみに限定され、レギュラーは
地元の演芸場だけという次第になって、早や四十年になる。
珍しくもない話だろう。それでも私としては負け惜しみではなく、かえって
このほうがいいのではないかと思っている。これでも実力を評価してくれる固
定ファンはいて、たまに特集を組んでくれる雑誌もあるし、DVDだって出て
いる。テレビに出てレギュラーを持つことが芸人の至上の目的みたいになって
いるが、そういう人たちは漫才をやらなくなっているような気がする。たしか
に人気者になって多くの人の笑いをとることができるかもしれないが、自分た
ち二人だけのしゃべくりで眼の前の人たちを笑わせるという快感は代えがた
い。私たちはこのまま漫才職人として舞台に立ち続けられればいいと思ってい
た。
しかし最近、それが危ぶまれてきた。自慢ではないが私は今まで病気一つし
たことがなかった。しかし還暦を過ぎて急に調子が悪くなってきた。一日に必
ず何度か、意識がふっと飛ぶのである。もっともすぐに元通りにはなるし、平
生で痛いとか不快感はないので、すぐにどうこうという病気ではないとは思
う。
問題はそれが起こる状況だった。意識を失うのは、決まって同じ時なのだ。
よりによって舞台に立っている真っ最中、相方からツッコまれた瞬間、私の意
識は紐をくくりつけられたカエルみたいにジャンプするのだった。
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