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「ねえ、本当に良かったの?」
二人は湖の淵に並んで座っていた。
「え?」
「いや、手錠のこと」
「ああ……良いんだよ」
湖には、ひっくり返った青空が浮かんでいる。
その青空が揺れる度、風が通り過ぎてゆく。
「お前は逃げ出さない。そう思っただけだ」
「なにそれ」
少女の声に、男が微笑する。
「あ、また笑った」
「……俺だって笑うよ」
「はは、でもさっきはビックリしちゃったよ。だって突然笑い出すんだもん」
その時、男は少し神妙な顔つきになる。
「お前は、俺のことが怖くないのか?」
「え?」
「俺は誘拐犯でお前は拉致された身だぞ?」
「だって、貴方は私を殺さないんでしょ?」
少女は微笑んだ。
「いや……それでも、普通なら怖がる筈だ」
「……普通」
少し、沈黙が流れた。
その間にも、湖に浮かぶ青空は表情を変えていた。
「私の普通は、こんなものじゃ怖がらない」
少女は絶妙に意図を含ませたかのような言い方をした。
「お前の普通は……なんなんだ?」
「……それって私のことについて聞きたいってこと?」
少女は少しからかうように言う。
「分かった。教えてあげる。私の普通を」
少女は、語り出した。
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