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母が財閥の男から見放されてから少し経った頃。
男から大金が送られてきた。
普通に使えば十年はかなり安定した生活を送れる程の大金であった。
これが、男の深謝によるものなのか。それとも母が変な気を起こさない為の単なる詫び金だったのか。
音信不通となった男の意は、私たち二人には分からなかった。
当然母は喜んだ。
この堕落しきった生活から抜け出せる。
母はそう言って狂喜にも近い笑顔を浮かべていた。
それが私にはとても惨めに見えた。
今の生活でも十分すぎる程幸せだった私にとって、これ以上の幸せを貪る母を理解できなかった。
……いや、違う。
私はただ今まで不幸を知らなかっただけだったのか。
ただ泣くことしかできない私には分からなかった。
男から貰った金で、高級マンションに引っ越した。
それから、母は仕事もせずにブランド品を求めて奔走する毎日。
もうじき小学生になる私に必需品を買ってはくれたが、あの日から母は私を嫌い続けている。
私は母にただ愛して欲しいだけなのに、描いた絵は破られ、読んで欲しい見せた絵本は突き返される。
私は愛を求めただけなのに。
いや、「求める」という行為をした時点で、私も母と同じなのだろうか?
日に日に増していく不幸に涙を流しながら私は寝た。
それから二年ばかりが経つ頃。
貯金が底をつき始めた。
今までの豪遊のような暮らしは徐々にできなくなっていき、高級マンションから郊外のアパートに引っ越した。
幸い、通う学校は変わらなかったが、変わらなかったのはそれだけ。
引っ越してから、母はより強く当たるようになってきた。
殴ったり、蹴ったり。
その度に、ゴミ袋が散乱する。
それでも私は必死に耐えた。
母の為に。愛を思い出せば、それだけで心が満たされる筈だ。
私が小学校四年の時、クラスでいじめられた。
理由は、私が一週間同じ服を着ていたから。
豪遊暮らしの時は、母は私に服を買ってくれた。だが、貯金が底をつき始めた頃から母は私に数える程しか買ってくれなかった。
学校は家とは違い、暴力は無い。
だが、皆の蔑むような視線は、暴力以上に耐えがかった。
何かを話している人達を見ると、自分の事を話してるのではないか、と怖くて涙が出そうになる。
それからもう二年が経った。
私は小学校を卒業した。
卒業式の後、皆んな友達と別れを惜しんでいた。
ただ、私は、いつも通り。独りの下校。
帰り道の途中、卒業証書を捨てた。
どうせ捨てても、私を怒る人なんていない。
そう自分に言い聞かせると同時に改めて現実を理解し、また泣く。
誰一人として心を許してくれなかった。
誰も、私に寄り添ってくれなかった。
誰も……私を求めてなかった。
中学校に上がることになり、私服から制服に変わる。
私は母に制服を買うよう懇願した。
今までにないくらい母に求めた。
対する母は、嫌々ながらも制服を買ってくれることになった。
だが、それから私はお小遣いを貰えなくなった。
中学校に上がり、制服になり、新しい生活を送れる。そう思った。
だが、現実はそう甘くなかった。
今度は、私がタバコ臭いという理由で虐められた。
タバコは母が吸っていた。
当時の私は、その匂いに慣れてしまっていたのか、自分でも驚いた。
せっかくの中学校生活。
母によって狂った。
その時、初めて私は母に対して怒りの感情を見せた。
「お母さん! 煙草やめてよ!!」
「は?」
「学校で言われたんだよ! 「お前、煙草臭い」って!」
自分で言ったはずなのに、自分の言葉に思わず涙が溢れる。
「お母さんのせいでまた虐められるんだよ!」
「……あそう」
私の怒鳴りに、母は素っ気ない返事をした。
「学校行かせて貰ってるだけでも嬉しく思いなさいよ」
「な、なに言ってるの!」
「別に、アンタに何も求めてないわよ。学校の皆んなも、私も」
母の吹かす紫煙が、やけに目に染みた。
そうか、誰も求めてない。
皆んなも。
お母さんも。
きっとこれからも私は求められないんだ。
その日から、私は学校に行かなくなった。
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