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自由の箱庭
濡れた森。
昨晩に小雨が降り、水滴を背負っている木々の葉はその頭を垂れている。
大気には遊ぶ水滴が駆け回り、髪の毛に絡みついてくる。
「……はぁ……」
少女の息が、森静けさに塗りつぶされる。
踏むたびに、呟きに近い音を奏でる大地に足を取られながら、少女は進んでいた。
肩まで伸ばした黒髪を、頬や鼻に絡めるような形で崩している。
いや、崩れてしまっている。
子供ならではのあどけなさと、相反するどこか窶れたような瞳を持ち合わせている少女は、紺のロングスカートに白のブラウスを身に着けているが、長時間歩いたのか、その両方に泥が付いている。
よく見れば、度々見える脚に新しい傷がある。
それもその筈、ここは普段人が好んで入るような所ではない。整備された道などなく、その険しさ故に人は寄り付かなくなった。
だが、それでも少女は歩き続けた。
脚に感じる痛み。
山奥での孤独感。
そのどちらもを凌駕する何かが、彼女の背中を押す。いや、胸ぐらを掴むかのように山奥へ引き込んでいた。
しかし、少女は初めてその歩を止めた。
頬を伝う涙に気づいたからである。
少女自身気づいていなかった感情。けっして恐怖からくる感情ではない、安堵からくるそれ。
その裏付けに、少女は僅かに顔を綻ばせていた。
そして、急に力が入らなくなった体を、そのままの勢いで地面に倒すと、感情のまま泣いた。
酷い嗚咽が混じったその泣き声だが、それは誰にも聞こえる筈がなく木々の間で乱反射するばかり。
そう、誰にも聞かれる筈がなかったのだった。
忍び寄る足音。次第に大きくなってくるそれに気づいた時には、自分の首は腕によって締められていた。
力任せに締め上げてくる腕。
それが誰の物なのかなど分からぬまま、少女は四肢を動かすことしかできない。
「か……っ……!」
首の圧迫感がそのまま脳にまで到達しているような感覚に陥り、次第に聴覚と視覚を奪っていく。
酸素を吸うために大きく開かれた口からは涎が垂れ、顎を濡らす。
声にならない喘ぎを出そうとも出せない少女は、そのまま意識の世界から放り出された。
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