自由の箱庭

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   少女が起きて最初に見たのは、所々禿げている木造の壁。  自分は小さな空間にいるらしく、所狭しと並んでいる棚には食料がビッシリと詰められている。  そして、掛けられたランプが二つの影を浮かび上がらせ、抽象的な壁画のように壁に映し出す。  そう、二つの影を。 「……誰……?」  手を動かそうとした時、鎖の音がして、手には冷たく重い物がついていた。見れば、それは手錠のような物で、それを繋いでいる鎖は壁に打ち込めれていた。  上半身を支える為に手をつくと、草臥(くたび)れた音が聞こえた。どうやら自分はベッドに寝ていたらしい。  そして、自分の対面に椅子に座っている男に目が止まった。   「死んだかと思ったよ」  まだ雨粒の乗っているレインコートを着た男。  少々俯きながら言ったが、しかし、その虚ろった目は確かに自分を見ていた。 「あんた、誰なの……!?」  急速に脳が再起動していくにつれて、腹の底から這い上がってくる冷たいものを感じる。  心臓を握りしめる悪寒。  俗に言う、恐怖である。 「何する気!?」  心臓の鼓動が速まり、目の前が薄っすら白み掛かる。  頭が混乱したようにクラクラする。   「殺しはしない。ただ監禁するだけだ」  男はそう言うと立ち上がった。  その際に、レインコートから落ちた雨粒が木の床に吸い込まれる。 「監禁……って、誘拐ってこと……?」 「……そうなるな……」  湿った前髪を目まで垂らした男は、顔色を一切変えないまま目を細める。  男の声は低く唸るような声で、今の自分の頭には良く響く。   「……ふっ」  しかし、この状況で一笑したのは少女だった。  恐怖が張り付いている顔であるが、相手を睨むように笑っていた。 「どうした……?」 「残念ね。私の家は財閥なのよ! 私のこと探そうと思えばすぐに見つけられるわ!」  顔を引き攣らせながらも言葉を発する少女を男は冷たく見下ろしている。 「………」 「今開放してくれるなら警察には言わない。自分の為にも今私を開放する方が……」 「嘘だろ」  しかし、少女の強勢に似た話を男が遮った。 「お前の家が財閥なんて嘘だろ」 「なっ……嘘じゃない!」 「じゃあなんでそんなボロボロな服着てんだよ」  言われた少女は、咄嗟に隠すように服を握った。  少女の服には、いくつもの繕った跡が見える。  しかし、そのどれもが微妙にズレていたり、依れていたりと不恰好であった。 「こ、これは、この服が気に入ってたから」 「だったら、もっと綺麗に繕ってもらった方が良いんじゃないか?」  少女は唇を噛み締める。 「金が無いから自分でやったんだろ。そのぐらい俺でも分かる」 「……違う。違う! これは、他の人に迷惑かけたくなかったから自分でやったの! アンタには分かんないでしょ! 何かを大事にするってことが!」 「…………」  今にも泣き出しそうな少女の言葉に男は黙り込んだ。 「アンタは捕まる! すぐに誰かが来てくれるわ! そうすれば……」  そこまで言った少女だが、「カチャリ」という鈍い音がしたのに気づき、言葉を留めた。  恐る恐る見上げると、そこには今にも弾丸を吐き出しそうな黒い口が見える。 「こ、これ……」 「拳銃だ。今は裏サイトで簡単に手に入る」  向けられた銃口。  その奥には死を予感させるような闇が詰まっている。 「使い方は大体分かる。それにこの小さい古屋の中なら、使用したことが無い俺にだって使える」 「やだ……」  男が銃口を少女に近づけるのに対して、少女もそれから離れるように壁際に下がる。  が、とうとう少女の背中は壁に到達してしまった。 「殺しはしないと言ったが、場合によってはこの引き金を引く時がくることも頭に入れとけ」  大きく見開いた少女の目からは涙が垂れている。  そして、冷たい銃口が少女の額に押しつけられた時。 「っ……」  世界が一回転したかのように、少女はベッドに倒れ込んだ。  突然のことに、男も驚きを隠せられないように半歩下がった。 「気絶……したのか」  見ると、焦点の合ってない目を開いたまま胸元だけを大きく上げ下げしていた。 「……はぁ…………」  男は大きくため息を吐くと、持っていた拳銃を小さい机の上に置く。その際、カチャリ、と鈍い音を拳銃が出した。  それから男は、手にしたラジオの周波数を合わせるべくダイアルを回す。  山は、二人を隠すかのよう暗くなっていた。
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