自由の箱庭

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「雨が止んだから水を汲みにいく」  朝から小雨気味だった天候が嘘だったように今は晴れている。  山の天候は変わりやすい。  今行かなくてはおそらくまた降り出すだろう。男の考えだった。 「…………」  少女は俯いたままベッドの端に座り込んでいる。  さっきまで、「こんなところ嫌だ」とか「死んじゃうのかなぁ」なんて嘆いていたが、今はただ遊ばれなくなった人形のように動かない。  返事がないので、何も言わずに少女の手錠に繋がれた鎖を壁から外す。  それでも少女は逃げる素振りなど微塵も見せずになされるがまま男に連れられた。  少女が無抵抗なのは、おそらく男が腰に携えてる拳銃のせいか? それとも、この状況を打破することができないと理解したからだろうか?  「そこのタンクを持て」 「…………」  ドアの横に置いておいた吸水用のタンク。それを少女は手錠されたまま持ちづらそうに掴んだ。 「はぁ……」  男はため息を小さくこぼすと鎖を掴んでいない方の手でドアノブを押した。  外は眩しかった。  木に覆われるように佇んでいる古屋であったが、それでも重なる葉達の間から陽光が抜け出してきている。  地面に生い茂っている雑草は、水滴が乗りガラス細工でできているようにも見えた。  あまりに湿っている為、男の長靴ならともかく少女が履いている運動靴ならすぐに靴下まで濡れてしまう。 「行くぞ」  そう言うと、男は鎖を引いた。  この山は、整備などされておらず人が寄り付かない。ならば当然二人が歩く場所に道などなかった。  獣道をただ進む。  踏まれた雑草と泥と化した土が混ざり合って、なんとも言えない音が聞こえる。  歩きながらふと振り変えると、少女の履いているロングスカートの丈は、水と泥でグチャグチャになっていた。  しかし、そんなことには全く気にしていないように少女はただひたすら俯きながら男に連れられている。  しばらく歩くと、開けた草原に出た。  今までの道のりとは打って変わって、広く穏やかな草原。その真ん中にはそよぐ風に波打つ湖があった。 「……凄い」  その時、後方から声が聞こえた。 「あ、いや、なんでも……」  声の主は少女だった。  少女は意図せず出てきた言葉を取り消すように言葉を続けた。   「…………」 「……そうか……」  しばらく、沈黙が草原の静寂と混ざり合った後、男はまた湖の辺りへ歩き出す。  辺りまでつくと、男は少女からタンクを引ったくるように取ると持っていた鎖を離した。 「逃げるなよ」    男はわざと拳銃が携えてある方を見せつけるようにして言った。  対する少女は、返事をする代わりに大きく首肯する。  男がタンクで水を組んでいる中、少女は辺りを見回していた。  雨上がりの空には雲が無気力に浮かんでいる。  一匹の小鳥がもう一匹を追っかけ回すように少女のまわりを飛んでいった。  辺り一体を、少女は見守るとも言えない目線で見ていた。 「戻るぞ」 「あ、うん……」  男が声をかけた時、少女は物惜しげな表情のまま頷いた。  男は少女の表情に気づくものの無言で少女の鎖を引き始める。  少女は、男に引かれながらも湖を見ていた。
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