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古屋に戻った俺たちは、それぞれの場所に。少女はベッドの端に、俺は椅子に座った。
「…………」
「…………」
今までなかったような、なんとも言えない沈黙が流れた。
今までは、このまま無言で通すことができたが……今の自分にはそうはできなかった。
あの時から、少女の物惜しげな表情を見てから可笑しい。
「…………」
なんとなく、少女が何かを言わんとしていることが感じ取れた。
その証拠に、さっきから少女が口を小さくパクパクしながら俺のことを見ていたからだ。
なんというか、ここで無視してしまうと、居心地が悪くなりそうだ。
「ね、ねえ」
そんなことを男が考えていると、意を決したかのように少女が話を切り出した。
「……な、なんだ」
分かってはいたが、少したじろいでしまう。
「アンタ……貴方、本当に私のこと殺さないの?」
「……言っただろ、殺す気は無いって」
「……そ、そっか…………そっか……」
少女が自分に聞こえないように「よかった」と言ったのを、男は聞き逃さなかった。
殺さないと聞いて安堵するのは分かるが、それでも少女の落ち着き様は、少々異様である。
「また、あの湖に水汲みにいく……?」
「ああ、そうだな。さっき汲んだので二日は保つから、その後またいく」
なんというか、少女がこの状況を楽しんでいるように思えてしまう。
「あの湖綺麗だった」
「……そうだな。綺麗だった」
短い言葉の投げ合い。
暗号のように端的なそれは、不思議とお互い受け取れきれていた。
「あの湖まで迷わずに私を連れてったけど、ここに来たことあるの?」
「……あ、ああ。ある」
半ば少女のペースに飲み込まれているようにも思えるが、それでも俺は言葉を返した。
もう、気まずいとかでは無い。
ただ、話をするのが少し楽しかった。
不本意ながら……懐かしいような。
「……昔来たことがあるんだ。妻と」
「奥さん……と?」
「妻が好きだった。妻が小さい頃、ここにきたことがあったらしい。何回か、妻に連れられてここにきてたよ」
「……好きだった、って……」
少女があえて言葉を濁した。
だが、それは男を停止させるのには十分だった。
しばらく、男は呆然と床を見ていた。が、ようやく言葉を紡ぎ始めた。
「……この話はもうやめよう」
男は怒るともなく、ただこもった声で言った。
「……ごめんなさい」
「大丈夫だ、気にするな」
驚愕しただけだった。
今まで理解していた筈の悲しみが。受け入れていた筈だったあの日を、自分はただ避けていただけだったのかと。
「暇だろ。本は好きか」
「……うん、本しか読まない」
「……そうか」
男は棚から本を一冊選び取ると、少女に手渡した。
「『フクロウと野鼠』?」
「それでもいいか?」
「うん」
あの日の傷。
隠していただけで癒てなどいなかった。
リストカットを長袖で隠しているように。無理してきた長袖が、また自分を苦しめる。
その証拠に今自分は何をしている?
永遠の自問自答が、この苦しみから俺を抜け出させない。
いっそ自分ごと傷を消してしまおうか。
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