自由の箱庭

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 二日後。  その日は珍しく朝から晴天だった。  小鳥の囀りが籠るともなく、高らかに聴こえてくる   「湖に行くぞ」  そう言うと男は、少女の壁に繋がれた鎖を外す。 「タンクは俺が持つ」  少女がタンクを持とうとしたのを、男が遮る。 「持ちずらいだろ?」 「でも……」 「いい。俺が持つから」  男は空になったばかりのタンクを片手で持ち、もう片方で手錠に繋がれた鎖を持ったままドアノブを押した。    外に出た途端、溢れんばかりの陽光が二人を突き刺した。  一瞬眩む視界がまたハッキリしていく。  照りつけられた水滴が蒸発し、それに乗って昇っていく草花の香りが喉の奥まで入り込んできた。  風に煽られた木々の葉は、まるで揺れながら唱っているように擦れる。   「少し暑いな……」    男は襟をパタパタさせながら言い、そのまま歩き出す。それに引かれ、少女も歩く。      二日前に通った所など見分けもつかぬ程生い茂っている茂み。  男はズボンに水滴を乗せながら歩き進める。  ふと、歩きながら振り返ってみた。  そこには、辺りを物珍しそうにキョロキョロしている少女がいた。  先日は俯きながら歩いていたと言うのに、今回は打って変わって明るい面持ちである。  しばらくして、また湖のある草原についた。  急激に風通しが良くなり、揺れる前髪を煩わしげに振り払うと、湖の辺りまで進む。 「やっぱり綺麗」  恍惚というように言ったのは少女だった。  そういえば、湖に対してかなり興味を示していたような。 「ねえ、ここで足洗っても良い?」 「え?」  男は予想だにしなかった言葉に、思わず疑問詞を返してしまう。  少女をここに連れてきてもう三日。  その間風呂など入っていない。  二十歳などとっくに過ぎた男にはどうってことはないが、年頃の少女には厳しい筈。 「あ、ああ。構わない」  男はそう言ったが、一つの考えが脳裏によぎる。 『もしかしたら、手錠を解くための口実かもしれない』  少女がどれだけ親しげに接してきたとしても、それは表面上だけかもしれない。  だが、男の頭には、少女に自由させてあげたい気持ちもあった。  相反する二つの考えが男の脳内でリフレインしていく。 「……手錠をとく。逃げるなよ?」 「え、良いの?」  少女は予想していなかったように問う。  これが本音なのか、男には分からない。  手錠を解かれた少女は、久々に軽くなった手をさする。 「……ありがとう」 「……ああ」  少女は湖の淵まで行くと、靴下を脱ぎ始めた。  湖に手を入れて、冷たそうにその手を引っ込める。  少女は楽しんでいた。ただ純粋に。  ここを楽しんでいた。  まるでここが、自分の居場所とでも言うように。  それを見ていた男は、なんだか自分の考えがバカらしく思えてきてしまった。  なんの迷いもなく靴下を脱ぐ始めた少女。  おそらく、逃げるだなんて微塵も考えていなかったのだろう。  そんな彼女を自分は恐れ、力で押さえつけていた。相手はただの少女だと言うのに。  そんなことを考えていた男は、気がつくと手錠を握っていなかった。  遅れて、湖の真ん中に水飛沫が立つ。 「えぇ!?」  足を洗っていた少女は、眼前で起こった光景に驚愕する。 「あ、あれ。俺……」 「もしかして、手錠投げちゃったの!?」  そうか、俺は、手錠を投げたのか。 「……はは」 「……?」  久々に込み上げてくる感情。  なんだこれは?  怒りか?   焦りか? 「はは、ははは、はっはっはっはっは」 「え? 笑った……」 「あっはっはっはっは!」  そうか、俺は笑ってるのか。 「あっはっはっはっはっはっは!!」 「は、はは……あはははは!」  草原に響き渡る二つの笑い声。  それに呼応するかのように揺れる水面。  そよぐ夏風。  照りつける陽光。  広がる大自然が、男をようやく歓迎した。
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