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待つことしばし。
登場したのは、赤い福神漬けが添えられた黄色いカレーとざるそば、薬味のネギとわさび、そばつゆ、そして、水の入ったガラスコップに浸された銀色のスプーンだった。
「うわっ、なんか懐かしい感じがする」
「ねー、なんだか昭和レトロな雰囲気あっていいね」
スプーンが水に浸された状態で出てきたのを見るのは初めてだった。
実際、懐かしいと思えるほど昭和のことは知らない。それでも、アメさんが言う昭和レトロという言葉がぴったりに思えた。
二人して「いただきます」と手を合わせる。
まずはやっぱりカレーからと、黄色いカレーをスプーンですくって食べた。
「んっ、トロトロで、なんだろう、不思議なコクがあっておいしい!」
「本当だ、おいしいね。豚バラ肉とタマネギの旨みがよく溶け出してて、そこを塩が引き締めてておいしい」
「あ、そっか、このコクの正体は塩なんですね」
「うん、塩ライスカレーって言うんだって。しかもね、このウスターソースで味変できるんだ」
アメさんはカウンターに備え付けてあったウスターソースを手にとってカレーにかけた。
ウスターソースとルウが混ざったところをスプーンですくって口に運ぶと、ふにゃりと頬を緩ませる。
「うん、これも、酸味が加わってコクが増し増しになる。はあ、おいしい」
俺も真似してカレーにウスターソースをかけて食べてみた。
「ん、さらにおいしくなりましたね」
「ねっ、おいしいね」
と、ついつい、カレーにばかり気を取られてしまったが、ざるそばもいただくことにする。めんつゆに薬味とわさびを加え、そばをつけて啜る。
「んっ、そばものど越しがよくて、カレーの口をさっぱりさせてくれて、おいしいです」
「あっ、僕もそば食べなきゃ」
カレーに夢中になっていたらしいアメさんも気がついたとばかりにそばを啜り、やっぱり「おいしい」と微笑んだ。
二人して「おいしい」を何度連呼しただろう。
あっという間に平らげて、お会計を済ませ店を出ようとしたら、わざわざ店主が引き戸を開けてくれた。
「またいらしてください」
優しい店主に見送られ、俺達は昭和レトロな黄色いライスカレーの店、東嶋屋をあとにした。
「はあ、今日もおいしかったね」とアメさんが言う。
「はい、今日もおいしかったです。今度は天ぷらやおそばをつまみにして、飲みに来たいですね」
「あ、それいいね。今度また来た時はそうしよう」
「はい。来週のお店はもう決まってるんですか?」
「ふふふ。うん、いいとこ見つけたんだ。楽しみにしてて」
アメさんが鼻歌を歌いながら歩き出す。その隣に並んで歩く。
週末に東京のおいしい物を食べ歩く、それが俺とアメさんのルーティーン、通称『東京うまいもの倶楽部』だった。
ー 試し読み版 完 ー
ここまで読んでくださりありがとうございます。
2話以降の物語は、
2話銀座のアメリカンステーキ
3話板橋のイタリアン居酒屋
4話中目黒のスタバ
となっております。
おいしい物を食べながら、アメさんとキジくんの出会いも語られます。
続きは、5月16日の文学フリマ東京で、
お買い求めくださるとうれしいです。
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