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アメさんは当日まで詳しいことは教えてくれない。
なんでも、行ってみてのお楽しみというやつらしい。
ちょうど昼過ぎにJRと地下鉄を乗り継いで降り立ったのは入谷駅だった。
そこから通りを歩くことしばし、日本家屋風の建物の屋根には『東嶋屋』の文字。
引き戸を開け白いのれんをくぐると、「いらっしゃい」と声をかけてきた初老の店主は目を丸くした。
なにを隠そう、アメさんは目立つ。
すらりと背が高くて、ちょこんと小さな顔が乗っている。そんなモデル体型にまとっているのは、英国を意識した衣装だ。
春らしくミルクティーみたいな色のスリーピーススーツに、同色の山高帽、ステッキまで携えている。
店内に入ってこうして驚かれることしばしばだ。今日の店は下町の老舗のカレー屋さんだから、余計に悪目立ちしていた。
「こんにちは。二人です」
それでもアメさんは気にしない。
むしろ他の客から注目を集めて一層輝きを増した笑みを浮かべ、ピースサインを突きだした。我に返ったのが店主が頷く。
「ああ、お二人ですね。今テーブル席がいっぱいなんで、カウンターでもよろしいですか?」
「大丈夫です。キジくん、いいよね?」
「あ、はい。大丈夫です」
どこの誰が答えたのだろうと、店主は不思議そうな顔をした。
俺です。印象薄すぎてもはやアメさんの影みたいになってるけど、ちゃんと存在する連れです。
パーカーの上にブルゾン、デニムにスニーカーといういたって普通な格好の俺を見つけ、店主はほっとしたようにカウンター席へと促した。
店を入って手前にカウンター席と二人席、奥が少し広くなっていて四人がけのテーブルが置いてある。
「あれ? おそば屋さん?」
店内に張り巡らされてあるメニューをきょろきょろして俺が言うと、帽子を取ってカウンター脇に置きながらアメさんが頷いた。
「うんそう。おそば屋さんなんだけど、ライスカレーが有名なんだ」
「へぇ、そうなんですね」
「俺はカレーとざるそばのセットにしよう。キジくんはどうする?」
手元にあったメニュー表を見て悩むことしばし。
名物というからにはやっぱりカレーが食べたい。だけど、そば屋さんなんだからそばも食べたい。
「アメさんと同じもので」
「オッケー。じゃあ、カレーとざるそばのセットを二つください」
お冷やを運んできてくれた店員さんに注文を済ませた。
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