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無知と無謀
ヒトの心が読めたら、と思うことがある。
それができたら、きっと人間関係は複雑さを無くすし、テストのカンニングだって簡単だし、知らないことを沢山知ることができそうだから。
知りたくないことも知ってしまうかもしれないけれど、そんなのはきっと小さな代償だろう。
1.バケモノ
私はどれだけ〔新井さん〕に迷惑をかけ、恥をさらせばいいのだろうか。
ポケットの中で温められていたはずなのに、まだ氷のように冷たいその手を握りながら、思った。
私が怖いと言い出したきり、〔彼女〕は一言も発さずに手をつなぎ続けている。意図が汲み取れないからと言って、顔を見ても変わらない。ただ、その眠たげな瞳は、どこか遠くを見据えているだけで。
「……あの」
沈黙に耐えかねた私が声を出す。
その時、〔新井さん〕が驚いたように一瞬肩を震わせた。
「なんですか」
少し申し訳ない気持ちになりながら、続けて喋る。
「えっと、どうして新井さんは、私を見捨てないの…… ?」
言いながら恥ずかしくなるような質問に、〔新井さん〕は口ごもる。
「どうしてと、言われましても……。ただ、そうするべきと、思ったことをしただけで……」
珍しく煮え切らない〔新井さん〕が、妙に深刻な表情をしていた。
「そ、それより、他になにか、私に訊きたいこと、あるんじゃないですか」
「う、うん、あるけど」
誤魔化した ?
「じゃあ、さっきから訊いてるけど、どこへ行こうとしてるの ?」
「……さっきも言ったはずですが、既に、目的地には着いてます」
「え、じゃあ、地名とかは」
私が問うと、〔新井さん〕は長めの沈黙を挟んでから言った。
「ローザ帝国のアルマーノ大森林です」
「…………なんて ? 」
ろーざ……? あるま ? 急に何 ?
「ローザ帝国の、アルマーノ大森林」
もう一度ゆっくり言い直す〔新井さん〕。
ほんとにそう言ったんだ……。と、ちょっと驚いた。
〔新井さん〕って、そこら辺の森に自分で考えた架空の地名をつけちゃう、割と痛い…いや、おもしろい人なのかもって。
「そ、そっかー……」
私はそんな反応しかできなかった。
「信じてませんね。別にいいですけど」
うん、信じてない。なぜなら私は中二病患者ではないから。
……なんて、少々失礼なことを思っていると、不意に近くの茂みからガサガサという音がした。
「 ! ? 」
…………びっくりした。
本当にびっくりした。びっくりし過ぎて声も出なかった。あとから恐怖も襲ってきて、心臓の拍動は過度に速くなる。
理由はもちろん、茂みから音がしたからではない。
その茂みから、見たこともない奇妙な生物が飛び出してきたからだ。
その生物は、全長三メートルくらいで、六足歩行の黒い獣だった。頭からしっぽの先にかけて一列に角のようなものが並んでいて、目が無くて、牙と爪が妙に鋭くて、とにかく怖い。
私は、反射的に後ろに下がる。それと同時に〔新井さん〕が繋いでいた手を離す。
勇敢にも前に出た〔新井さん〕に向けて、バケモノは飛びかかる。
――まずい。
〔新井さん〕が、死んじゃう…… !
どうしよ……どうしよう……。
と、パニックで馬鹿になった頭が出した答えは、〔新井さん〕が何か策を持っていることに賭けることだった。
――次の瞬間。
脳の出した答えは正解だった、余計なことをしなくて良かったと、私は思った。
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