無知と無謀

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〔新井さん〕は確かに策を持っていた。 何をしたのかはわからなかったけれど、確かに〔新井さん〕の手によって、バケモノは黒くて大きい何かに呑み込まれて消えたのだ。 一瞬だった。 もう何がなんだかわからなくて、唖然としていると、〔新井さん〕はこっちを向いて言う。 「これでも、信じられませんか――ここが、異世界であると」 私は黙って首を横に振った。 #7 私は、潔癖症ではない。 なのにヒトと触れると微かに痒みを感じる理由も、彼女と手を繋ぐことを躊躇った理由も、私にはわからない。  ……おそらく、何かを恐れているのだと思う。私はきっと、ヒトの何かが怖いのだ。 でも、その何かを、思い出せない……。わからないのではない。思い出せないのだ。 たしかに……私は知っていた。 人間の、怖さを。 2.居場所 怖い……。 〔新井さん〕が怖い。というか、あんなの見ちゃって怖くならない方がおかしいと思う。 あんな力持ってて……いつでも私を殺せる相手が、すぐ側にいるんだから……。 でも、その恐怖と同時に、込み上げて来る感情がある。 さっきので、信じる外なくなった。ここが、本当に異世界なら、あっちで見つからなかったものが見つかる気がする。 「いばしょ……」 私が、居てもいい場所……それが、ここなら―― 「望めばそれだけで、ここはあなたの居場所になります」 さっきバケモノを殺したのとは思えない、澄んだ瞳が私に問いかける。 あまりにも甘くて、抗いがたい誘惑。 望むだけで、私の虚ろな人生を変えられる。 考える必要も無いくらいだ。 「……」 もういい。 みんな私のことなんか見てない。 私を見つけてくれた〔新井さん〕が居れば、それでいい。 「どうしますか」 綺麗な目をしていて、容姿端麗で、頭も良くて、声を聞くと、なぜだか安心してしまう。 そんな〔彼女〕と居られるなら、って、思うのに。 私、何を迷ってるんだろう……。 「私、ここに居たい」 そのはずだ。 でも、やっぱりそう言ったときの、異常な汗の量と、早まる心臓の鼓動が、なぜか危険信号のような気がしてしまって。 「そうですか、じゃあ、自衛手段が必要ですね」 私の決断に何の感想も感傷もないらしい〔新井さん〕。一方で、私はわけのわからない不安を、自衛手段とはなんだろうかという疑問を使って、誤魔化す。 首を傾げる私に〔新井さん〕は続ける。 「あなたの世界では『魔法』とか呼ばれているもので、私がさっき使ったものもその一つです」 え!? マホウ…… ? そ、そっか、世界が違うから……。 「こっちは何かと物騒なので、あなたにはそれを覚えてもらおうと思うんですが」 「わ、私にもできるの ! ?」 「はい」 私、こっちの世界の住人じゃないのに、魔法使えちゃうんだ。世界が違うってだけで。 ――すごい。 なんか、ワクワクしてきた……けど、いまいち実感が湧かない。 「どうやったら使えるの」 「それは今度教えます」 「わかった」 「それで、今日は少しこの世界を見て回ろうと思うのですが」 確かに、今はこの世界で右も左もわからない状態だ。私は〔新井さん〕に賛成し、後ろについた。 「す……すごい…… ! 」 少しして、私と〔新井さん〕は……ローザ帝国の、城下町……に来ていた。 なんだか、やっぱり異世界なんだなあと思える。三百六十度どこを見ても知らないものばかりで、あれはなにこれはなにと〔新井さん〕に訊ねると、全部律儀に答えてくれる。 見たことのない花、動物、人の服装や容姿。漫画やアニメに出てくる光景と似ている部分もあって、ワクワクする。 ……あ、でも、私の今の服装だとこの中世ヨーロッパ風の世界に合わないんじゃ…… ?
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