第二幕:新六甲島に古生物はいらない

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「ちこくちこくー」    いつものように朝食代わりのサンライズを囓りながら走っていた俺は、職場を目の前にして、いつもだったらお目にかからないものに道を塞がれた。 『絶滅した古生物の復活は自然の摂理に反する』 『生命を弄ぶNInGen社の傲慢を許すな』 『新六甲島に古生物はいらない』  そういった文言が記されたプラカードを手に、十数人から二十人くらいの人々が正門前に集まっている。大声でなにごとか叫んでいるようだが、なにしろてんでばらばらに叫んでいるものだから、なんと言っているのかはよく分からない。  社の敷地内に入ろうとしている彼らを、警備員達が必死に押し止めていた。 「お前だって俺達と同じ島民だろう! なんで外国から来て好き勝手やってるNInGenの本国人どもの味方をするんだ!」  プラカードを手にした男の一人が、警備員にそう食ってかかるのが聞こえた。  そんなこと言われてもなぁ、と俺は思う。  確かにNInGen社の上層部は、俗に本国人と呼ばれる海外から来た人々で占められている。しかしヒトウドンコ病の病原体を保有している生き残りの島民が、あくまでも島内に限定されるとはいえ、こうして真っ当な社会生活を送れているのはNInGen社のおかげだ。NInGen社は単に新六甲島のインフラを整えているのみならず、島民達に仕事を与えてもいる。かく言う俺だって、そのうちの一人だ。  NInGen社に直接雇われているわけではない島民もいるが、彼らとてその商売相手の多くはNInGen社やその社員である。それは、今プラカードを手に騒いでいる彼らとて同じだろう。  無症状病原体保有者の取り扱いが政府直轄になっていた場合、はたして俺達は今のような生活を送れていただろうか。俺は、そうは思わない。恐らく俺達は社会参加の機会も与えられず、危険な病原体を持つ厄介者としてただただ隔離され、飼い殺しにされていたのではないだろうか。  それを考えれば、NInGen社を恨むのは筋違いというものだろう。  だいたい、現在は非常に高価で一部の人しか打てないヒトウドンコ病ワクチンを量産化するための研究だって、NInGen社が行っているのだ。俺達が島の外に出るのが許されるためには世界中にワクチンが行き渡る必要があるわけで、NInGen社が倒れてしまったらその日だって遠のく。そのあたりも理解せず騒ぐんだから、迷惑な話だ。  まあそうは言っても、こうやって騒ぐだけの人達はまだ可愛い方かもしれない。あくまでも噂だが、この新六甲島には〝猛虎班〟なる地下組織まで潜んでおり、武力を以てNInGen社を倒そうとしているとかいう物騒な話もある。  それはさておき、この状況では俺も正門から社内に入ることができない。  他の門に回るしかないのか。しかし敷地が広いだけに、一番近い西門まででもけっこうな距離がある。行ってみてそちらにも人が集まっていたらどうしたものか。  そんなことを考えながら、サンライズをくわえたままそろりそろりとその場を立ち去ろうとする。ところがそこで、間の悪いことにプラカードを持った男の一人がこちらを振り向いた。 「お前もNInGen社の人間だな?」    男はプラカード片手に、眉を吊り上げてツカツカと歩み寄ってくる。『ノーノー、ワタシNInGen社ナンテ知ラナイヨー』と言おうと思ったのだが、くわえていたサンライズを手に掴んで口から離している間に距離を詰められてしまっていた。 「NInGen社は、本来なら死に絶えているはずの古代生物を無理やり復活させている。こんなことは間違っていると思わないのか?」 「間違っている……」  その言葉に記憶を刺激され、いつかの出来事が脳裏をよぎった。 『私達はね、最初から間違ってたんだよ』 『だからね、こうなるのはきっと、当然のことなんだ』  そう言って何かを諦めたように淋しげに微笑むあの人の顔は、昨日のことのように思い出せる。 「そうだよ! 本当ならとっくに死んでいるべきものを自然の摂理に背いて生き返らせるなんて、どう考えてもおかしいだろ。恐竜だのマンモスだのが今の時代に生きてるのは、間違ってるんだよ!」  ……。 「間違ってたら、生きてちゃいけないんですかね……」 「なっ、なんだお前、その顔は⁉ なにか文句があるのか? まさか暴力をふるうつもりじゃないだろうな⁉」    プラカード男の裏返った声で我に返った俺は、自分が手に持っていたサンライズを握り潰してしまっていることに気がついた。  プラカード男の表情には、隠しきれない怯えが滲んでいる。俺はそこまで怖ろしげな顔をしていたのだろうか。いけないな、これは修行が足りない。 「いえいえ、暴力だなんて、まさかそんな」  俺はプラカード男に向けて、にっこり爽やかに微笑んでみせた。  しかしどうもこれは逆効果だったようで、相手は唐突に愛想良くなった俺にかえって不気味なものを感じてしまったようだった。 「こっ、このことはクレームを入れさせてもらうからな!」  そう捨て台詞を残して、そそくさと仲間達のもとへと戻っていく。俺はその背を見送り、それから手の中で潰れてしまったサンライズへと目を移した。  いやはや、今日は朝から幸先が悪い。
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